第164話 そして新たな旅立ちへ

 昨日受け取った鎧が嬉しいのか、リオンの足取りは軽やかだ。

 赤い鎧が髪の色と合っていて、まるで彼のためだけにあつらえたかのようだ。


「それで師匠、これからどこに行くんだ?」

「帝国から西にあるケツァム中立国に向かいます」


 皇帝テミスにアルトは、向かう先が決まっていなければそこに行けと言われている。

 一体ケツァムに何があるかは、聞いても教えてくれなかった。

 ただ、


『実際行きゃわかる。それを自分の目で確かめるのもまた旅の醍醐味だろ?』


 たしかにその意見はわかるが、せめてヒントくらいは出してもらいたい。

 もちろん、皇帝がケツァムを口にした理由は、前回の知識があるので薄々感づいてはいる。


「ケツァム……って、何があるんだ?」

「海に面した商人の国です。豊富な魚介類や武具・魔導具類が豊富に流通していますよ。それと、ほとんど手つかずの迷宮があるみたいです」


 アルトの予想では、皇帝がケツァムを名指しした理由はそれだ。


「あー、確かにあったな。けど、迷宮だろ? なんで手が入れられてないんだよ」

「ケツァムは軍隊を持たない国ですから、大規模な調査を行う武力がないんです」

「武力がねぇっていっても、冒険者がいるだろ。なのに迷宮に手を入れねぇって、もったいねぇなあ」

「そうですね」


 もちろん、ケツァムが冒険者を使って迷宮を開拓しないのには理由がある。


(そういえば、皇帝に忠告出来なかったな)


 遠くにそびえる宮殿を眺めながら、アルトは唇を結んだ。


 アヌトリア帝国は、二年後に政変が起こる。

 前世ではテミスが処刑され、フォルセルス教の管理下に置かれる。


 原因は、おおよそ想像出来る。

 極端に武力を増強したため、世界のパワーバランスが崩れたからだ。


 しかし、現時点でそれを忠告すべきかどうか、アルトは最後まで悩んでいた。

 忠告すれば、最悪の事態を避けられる可能性が生まれる。


 アルトが出会った人の中で、テミスは最も頭が回る。それに世界の魔法を抜け出すアイテムも持っている。

 アルトの忠告を無視することは、まずないはずだ。


 しかし最悪の結果を回避しようとした結果、逆にそれが破滅への近道になる可能性もある。


(前世で経験したことはわかるけど、結局は、それだけなんだよな……)


 アルトは正しい答えを知っているわけではない。

 何がフォルセルス教を刺激するかわからないし、破滅回避に動いた結果、アルトが動きにくくなる可能性もある。

 だから今は、下手に忠告すべきではない。


(もしセレネが動いたら、その時に手を貸せばいいか)


 アルトにとって、アヌトリア帝国はもはや第二のふるさとになっている。

 しかし一番大切なものはなにか、見失ってはいけない。


 さておき、これから向かう先はケツァム中立国だ。

 アルトは一度ドワーフ街を眺め、ダグラ・リベット夫妻の家を眺める。

 目を閉じ、これまでの3年を思い返し、胸に手を当てる。


(2人から頂いたものは、ここにある。それを決して、忘れません)


「……ありがとうございました」


 目を開いたアルトは再び、西に向かって歩き出すのだった。

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