第162話 ダグラの熱い想い

劣等人の魔剣使い 小説4巻

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 各部署に鎧の再調整を指示し、ダグラは鍛練室の自分の席に腰を下ろして腕を組む。


「ダグラさん、さっき頂いた武具のことで話が……」


 ダグラの前までやってきたアルトが言葉を切った。

 おそらくこの場の雰囲気に気圧されたのだろう。


 ダグラは現在、未だかつて無いほど意識を鋭く尖らせている。

 初めて高品質武器を作ったときや、先代からギルド長の座を譲り受けるときの試験よりも、意識が遙かに研ぎ澄まされている。


「……おう、来たか」


 ここへやってくるのは、わかっていた。だからこそ、ダグラはこうして待っていたのだから。


 彼の目の前には一本のドラゴンの牙があった。

 長さ20cm、直径5cmほどのそれは、ひと月前にアルトからもらった素材。なかでも品質のよい部位である。


 手を触れるといまも、ドラゴンの息吹が感じられるそれを、ダグラは肌身離さず懐にしまい込んでいた。

 そうすることで素材に命が宿る。魂が込められる。


 ――ダグラの願いが、染みていく。


 彼がここまで意識を集中させているのは、当然ながらこれがアルトの武器に変わるから。

 だがそれだけではない。

 赤毛の男――リオンが装備していた防具を見たからだ。


 あれには、ダグラの弟の名が刻まれていた。

 まさか、生きていたとは……。


 彼は間違いなく、天才だった。

 だが彼はドワーフ工房になじめず、ドワーフの街ダブリルを出て行った。


(どこでなにをしているか知らなかったが、まさかユーフォニア王国のフィンリスにいるとはな……)


 彼が求めていたのは、武具を1人で作り上げる力だった。

 製図も鑑定も精錬も、鍛練も仕上げも、すべてを1人で行うなど工房では土台無理な話だ。


 人は得意不得意が必ずある。

 すべてを1人で行おうとすれば、それぞれの分野の職人が得意分野を担当するより、必ず品質が落ちる。工房として、一定の品質で武具を作り続けるのは不可能だ。


 適材を適所に配置する。

 そのために、工房では分業制にしている。


 しかし彼は、己の夢に正直だった。

 だから、出て行った。

 己の手のみで、究極に至るために……。


 リオンが手にしていた防具は最高品質だった。

 弟の腕は、1人で作業を行ったからといって、なにひとつ衰えていない。


 己の弟がいまも究極を目指し、夢に囲まれた一人工房で一歩一歩、着実に歩みを進めている。

 それを見て、黙ってなどいられるはずがない。


 それ故、ダグラはかつてないほど意識を集中させていた。


「アルト、時間はあるか?」

「え、ええ。大丈夫ですが」

「ならワシに付き合え。これから短剣を作る」

「……はい!」


 短い言葉で、ダグラがアルトにやらせたいことを十全に汲み取ったのだろう。彼は快活に声を上げ、すぐにテコ棒と大槌、それに小槌を携えてきた。


 ダグラは鋳造済みの素材の中から、中でも品質の良いミスリルを軽く叩いて選抜する。

 テコの上でミスリルを熱し、ダグラが小槌を、アルトが大槌を叩いて形成する。


 ミスリルにまだ残っている不純物が大きな火花となってたたき出される。それが顔に当たろうと目に入ろうと、ダグラもアルトもまったく気にしない。


 2人の意識を支配しているのは、ミスリルのみ。

 最も良い色になるように、黙々と槌を振り下ろしていく。


 ミスリルの加熱が終わると、今度は牙も同様に熱して叩いていく。

 折り返し鍛練が終わるとミスリルと牙を重ね、造り込みして素延べする。


 通常は、異なる素材が組み合わさった段階で次の行程に移る。だが、ダグラはそれをさらに折り返して鍛練した。

 そうすることで、別々の素材が重なり新たに一つの素体となる。互いが喧嘩しないように慎重に、融和していくように何度も何度も折り返す。


 ダグラが小さく槌を振るうと、それを受けてアルトが大きく槌を振るう。

 テコの上で広がった素体を折り重ね、熱し、また広げていく。


 槌を打つ度に、ダグラは己の中から高揚感があふれ出るのを抑えられなくなっていく。


 ドラゴンの牙とミスリルの赤色。僅かに違うその赤が折り返す度に斑となり、模様となる。一つ叩けば一つ模様が増え、形成され、芸術が生まれる。



 ダグラもアルトも、互いに一切言葉を交わさない。

 ただ目の前にある素体がどうしてほしいか? 模様がなにをほしがっているか?

 その声に意識を集中させ、決してそれらの要望を無視しないよう慎重に槌を振るう。それ以外の物事に気を囚われることなど出来なかった。


 ――これが最後だ。


 言葉にはしないが、ダグラはそう実感している。

 アルトとともに作業をするのはこれが最後。

 これが仕上がれば、きっとアルトは遠くへ行ってしまう。


 自分たちの下に訪れてから3年。

 アルトのことを、ダグラは我が子のように接してきた。


 子どもはいつか親元を離れる。

 それは、わかっている。


 きっと、アルトも遠くに行ってしまうのだろうと覚悟していた。

 けれどそれがいつになるかまでは、想像していなかった。


 ――いや、いつか来る別れを、想像したくなかったのだ。


 ダグラの愛情表現は、ドワーフらしく不器用だ。

 人間からは、いささか素っ気なく見えたに違いない。

 けれどいつだって、熱い思いが胸を満たしていた。


 ダグラなりに、アルトを全力で愛していた。

 全力で伝えてきたつもりだった。

 けれど、まだまだ伝えきれていない。


 アヌトリア東の湖畔ではおいしい魚が釣れるだとか、西には牧草地帯があってそこで育った羊の肉は美味いだとか。

 10年以上熟成された蒸留酒のうまみだとか、20年ものはもっとうまいだとか。


 伝えたいことが、まだまだ山ほどあった。

 沢山あったのだと、気がついた。

 彼との別れを意識した途端に、言いたいことがあふれ出てきた。


 けれどもダグラの口は、への字に結んだまま開かない。


 言葉は不完全だ。

 口にすると、思っていたものとは違う姿に変わってしまう。


 思うように伝えられないし、思ったように伝わらない。

 それがダグラは、たまらなく嫌なのだ。


 けれど槌の音や、素体の赤さや、武具の形は、誰が聞いても、誰が見ても変わらない。

 だからこそ、ダグラは槌に思いを籠める。


 槌を叩く音が、姿勢が、言葉となるように。

 全力で、アルトに伝わるように。伝えられるように。

 ダグラは夢中で槌を振るうのだった。

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