第263話 新作会議
「突然の訪問ですみません」
「訪問だなんて、他人行儀なこと言うんじゃないよ。それで? うちにはしばらく泊まっていくのかい?」
「ええ。1ヶ月ほどお邪魔します」
「そうかいそうかい……ん? そっちのは、リオンと……シトリーだったか――」
「マギカ」
「…………」
「マギカ」
あれと一緒にしないで!
あれより、あるもん!!
そう言うかのように、尻尾が力強くぶんぶんと地面に振り下ろされる。
「ご、ごめんよ。ええと、マギカちゃん。その2人も家に泊まっていくんだろ?」
「いえ。さすがにボクの他に2人も泊めるとなると、部屋が足りませんよね?」
「けど――」
「大丈夫です。イシュトマに宿を取ってますから」
「うぅん。アルトがそれでいいなら、いいけど――」
リベットはアルトに口を寄せる。
「――子作りはどうすんだい?」
「しません!」
相変わらず性に対してオープンである。
だが、これでこそドワーフの女性。
男性は性より鉄。
女性がこのように押すタイプでなければ、ドワーフも出生率が下がり衰退の一途を辿っただろう。
「ダグラさんは工房ですよね?」
「ああ。朝っぱらから飲んでなければね」
それは、大丈夫だろう。
いくら酒好きドワーフといえども、良い仕事をした後じゃなきゃ上手い酒が飲めないことを知っている。
「で、ダグラになんのようだい?」
重要じゃなきゃ、ゆっくりしていけばいいのに。
そう、リベットは表情を曇らせる。
彼女としばし再会を喜びたいのはやまやまだが、アルトはどうしても先にダグラへの要件を終わらせておきたかった。
「制作の依頼がありまして」
「そうだったんだね」
「ボクは工房に行ってきますね」
「あいよ。気をつけるんだよ」
「はい」
リベットに見送られつつ、アルトはドワーフの工房に向かった。
工房は現在も超絶忙しいらしい。
右へ左へドワーフたちが駆け回っている。
中に入るとむっとした熱気が頬をちりちりと刺激する。
氷点下の外気温に触れていたせいで、余計に暑く感じられる。
まだ2年も前のことではないのに。
懐かしい……。
「ダグラさん、いますか?」
声をかけながらアルトは鍛練室に移動。
長剣鍛練炉に、ダグラの姿を発見する。
彼はいま熱心に槌を振るっている。
鍛えているのは、ドラゴン製の長剣。おそらくそれはアルトたちが帝国に売り払ったものだろう。
彼らであればもう使い切っていても不思議ではないのだが。
そうなっていないということは、どうやら時間をかけてじっくり、丁寧に製作しているらしい。
ドラゴンの素材は超高級。失敗が許されないのだから、慎重にもなる。
「ダグラさん。お久しぶりです」
槌をおいて一段落ついたダグラに、アルトはそう声をかける。
まだ集中力が抜けきれずトランス状態なのだろう。ダグラは胡乱な目でアルトを眺める。
「…………アルトか?」
「はい」
「……お? ……おお!? アルト、アルトか!!」
反応があまりに鈍いから、もしかしたら忘れられてるんじゃないかと焦ったが、どうやらそんなことは無かったらしい。
「ね? 集中してるときの師匠に似てんだろ?」
「ん。ほんと」
「ボケたのかと思っちゃうよなあ」
そんな。まさか自分もこんな状態だったなんて……。
2人の会話が耳に入ってしまい、心の中でアルトは膝を突いた。
「無事だったようでなによりだ。で、今日はどうした?」
「はい。実は…………良い素材が手に入りまして」
そう口にアルトと同じように、粘っこい笑みをダグラは浮かべた。
「ほぅ……。それはそれは。さっそく製図室で見せてもらおうか」
「ふっふっふ。きっと驚きますよ?」
「へっへっへ。ギルド長を舐めんな。ちょっとやそっとじゃ驚かんわ」
まるで危険な薬物の密売でもしているような笑みを浮かべ、2人は恐るべき歩行速度で製図室へと向かった。
「なんだそりゃ!? 貸せ!!」
アルトが鋳潰した素材を見た瞬間、ダグラの目の色が変わった。
素材をアルトの手からひったくるように取り上げ、その素材を丹念に観察する。
「こっちの白いのは……オリハルコンか? 一体こんな量をドコで……。いやそれよりもこのは……神の鉱石じゃねぇか!!」
「神の鉱石?」
「ああ。ドラゴンの素材を持ってきた経緯があったから、そこそこ心の準備をしといたんだが、これぁ驚いたぜ。神の鉱石。一般的にヒヒイロカネと呼ばれてんな」
「やっぱり、ヒヒイロカネでしたか」
「しかしこんな量……どうしたってんだよ? 普通、オリハルコンでさえこんな纏まった量は手に入らないんだぜ? それを、武器2・3本分。フルプレート1領分はあるか? さらにヒヒイロカネ……」
右手を上下に揺らしながら、ダグラは目を瞑る。
「2キロもあるな。一体、どうやって手に入れたんだよ」
「まあ……いろいろありまして」
自分を襲ってきた宝具を倒して鋳つぶしました。などと口が裂けても言えない。
アルトでさえ、宝具を鋳つぶすことに抵抗があったのだ。
きっとダグラならば泡を吹いて卒倒するだろう。
「……で? これをどうする?」
「その相談をしに――」
「ワシにやらせろ!」
なにをどうするか、という話をする前にダグラはアルトの胸ぐらを掴んだ。
その目はかなり血走っている。
まるで毒を盛られて死にゆく者が最後のメッセージを残すような形相である。
「まだなにも決めて――」
「儂にやらせろ!」
「ええと、ですね――」
「儂に、やらせろ!」
「…………わかりました」
形相が怖くて、アルトはつい折れてしまう。
彼を指名しなければ、きっと話は進まないだろう。もちろんアルトは彼を起用するつもりだったので、なにも問題はないのだが……。
少し気持ちが落ち着いたのか、アルトの首から手を離し、ダグラは二つの素材を眺めた。
「……で、いったいなにを作るつもりだ?」
「実はですね、みなさんに作ってもらった武具を強化したいと思いまして」
「強化? 作り直さねぇのか?」
「それは……、ちょっともったいないかなと」
「アホか。付け足し付け足しで均衡が崩れたら、武具が可哀想だろうが! だったら全部一度鋳つぶして、新しい武具にしちまったほうが、武具も悦ぶだろ」
バランスが悪くなった武具では性能を100%発揮できない。
たしかにそれでは可哀想だ。
「じゃあ、この素材を用いてもう1度作り直していただけますか?」
「おうよ! で、作り直す武具はどれだ?」
「盾と鎧。あと鉄拳ですね」
「短剣はいいのか?」
「ええ。これはボクにとって大切な武器なので」
「…………っけ」
これはダグラと一緒に作り、『極』に至った短剣。
いくら性能が足りなくなっても、絶対に鋳つぶしたくはない。
その気持ちがダグラにも伝わったのだろう。彼は鼻を人差し指でさすりながら顔をそらした。
「どれくらいかかりそうですか?」
「いまぁ、帝国のドラゴン武具製作もやってるからなぁ。ま、アダマンタイト・オリハルコン・ヒヒイロカネとありゃ、手はすぐ集まるだろ。問題は設計・製作期間だな。どれくらいで欲しい?」
「出来れば1ヶ月で」
「出来るかッ!」
「ですよねぇ……」
さすがに1ヶ月は無理だとアルトでも判る。
鋳つぶすのは簡単だったが、鋳つぶすのと製作するのでは、かかる時間がまったく違う。
特にオリハルコン・ヒヒイロカネを用いるとなれば、ドラゴン素材を用いた場合とは、比べものにならないほど製作に時間がかかるだろう。
いくら鉄人スキルがあって完全失敗しないとはいえ、より完璧なものを仕上げるためには設計、試作、試験、再設計、再試作、再試験……。それを延々と繰り返し、本番に臨む必要があるのだ。
「2ヶ月だな」
「そんなに早く出来ますか?」
「みんなでやりゃいけるだろ」
「全員でって、そんなに人、集まります?」
「この工房に、やりたくねぇ奴がいると思うか?」
そう言うとダグラは口を斜めにした。
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