第264話 設計と試作

 アダマンタイト・オリハルコン・ヒヒイロカネが触れる。

 その話で集まったドワーフは総勢208名。ダグラが言った通り、ドワーフ工房全員が参加することになった。


 集まったドワーフたちはみな、目を血走らせて、いますぐにでも誰かに殴りかからんばかりに殺気立っていた。


「アダマンタイトがあるのはどこだ!」

「さっさと出せ!」

「オリハルコンを触らせろ!!」

「それより神の鉱石。神の鉱石を見せろ!本当にあるんだろうな!?」

「精錬は俺に任せろ!」

「いいや俺だ!!」

「んだとぉ!?」

「やるかコラァ!?」


 話を聞きつけて全員が最も広い炉前に集まるまでに1分とかからなかったのに、集ったドワーフたちが殴り合いを初め、喧嘩を諫めてダグラが話を始めるまでに、30分もかかってしまった。


 アルトの武具改良部隊は、いくつかのチームに分けられた。

 設計・精錬・試作・試験・鍛練。

 それぞれのチームがダグラの指揮の下、3交代制フル稼働で武具製作に当たる。


 その間、帝国の依頼はどうするのかと訊ねると。


「ドラゴンの武具は急ぎじゃねぇんだとよ。その代わり、良いものを作れってお達しだ」


 とのこと。

 確かに、ミスリル製の魔武具が一般装備として出回っているんじゃ、並大抵のドラゴン武具では性能に大きな違いは出ないだろう。


 念のために宝具を通してテミスにも訊ねてみたが、


『別にいいぜ? ありゃ功績を挙げた奴に恩賞として渡すもんだしな。数より質が優先なんだよ』


 彼からもドワーフ工房の貸し切りについてお墨付きが頂けた。


『ただし条件がある』

『条件ですか』

『おう。俺にもそれでなんか作ってくれ』


 ドワーフ工房とはいえ帝国の施設。さすがに無料とはいかない。

 ただそれくらいの条件ならば、安いものだ。


 アルトは2つ返事で皇帝へのプレゼントの件を了承した。


 リオンから鎧と盾を、マギカから鉄拳を借りてダグラに渡すと、それを眺めた彼が渋い顔つきになった。


「……こいつぁ最高品質のドラゴン武具だろ?」

「ええ。そうですね」

「だったらなんでここまで歪んじまってんだ? お前、一体どんな戦闘を……いや、まあそれは良いや。ワシに言われてもさっぱり想像できんだろうしな」

「あははぁ……」


 アルトは乾いた笑いを浮かべる。

 たしかに、ドラゴンに踏み潰され、石壁を数枚ぶち抜くほどの攻撃で殴られ、レベル100を超える人物にボコボコにされたり、上級善魔に殴り飛ばされたりした、なんて言っても、ダグラにはそれがどのようなものか想像出来ないだろう。

 アルトでさえ理解できない。

 理解出来るのは、すべてを経験したリオンだけだ。


 何事も、本当の理解というものは経験からしか得られないものなのだ。


「こりゃ武具の耐久性をかなり上方修正しないといけんな」

「すみません。お手数かけます」

「なんてこたぁねえよ! このドラゴン武具の歪みを見りゃ、足りなかったところがわかる。まったく。ワシらも、まだまだだなぁ」


 悔しげに顔を歪めるダグラは、しかしその瞳だけはギラギラと輝いていた。

 悔しい反面、まだ上があると判ったことが嬉しいのだろう。

 その思い、アルトには十分共感できた。



 ドワーフの製作チームが本稼働したころ、時を同じくしてアルトも工房の一角を借りて武器の製作に取りかかる。


 オリハルコンが20キロ。アダマンタイトが3キロ。ヒヒイロカネが2キロ。

 その中から、オリハルコンを1キロとヒヒイロカネを200gもらい受ける。


 簡単な図を作成し、硬化する粘土で試作品を作り、形成する。

 粘土が硬化するとその使い心地を確かめ、問題のある場所を削って修正。

 次に鉄で試作品を作り、耐久性をテスト。

 負荷がかかりやすい部分を修正し、試作品2号を作り、テストし、修正し、今度はミスリルで試作品を作り、テストし……。


 1週間。ひたすらそれを繰り返して、やっと納得のいく試作品20本完成した。


 次にそれらを【術式制作】で掘削。失敗すれば鋳つぶして、成功すれば別のパターンで掘削。

 成功して残った5つの試作品を持って外に出ると、日差しのまぶしさに目が眩み、そのまま意識を失った。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




「アンタ、馬鹿だろ?」


 馬鹿に馬鹿と言われて心が痛い。

 だがアルトはリオンの言葉にまったく反論出来ない。


 製作を行っていた1週間。アルトはほとんど飲まず食わずで眠りもせず作業を行っていたのだ。


 そうしている自覚すら、アルトにはなかった。

 倒れて目が覚めて一番初めにリベットに頬を叩かれ、ダグラにゲンコツをおとされ、ようやくアルトは自分がどうしてベッドで眠っていたのかが理解できた。


「もし傍にルゥがいなければ死んでたぜ?」

「……ん? あ! ルゥは大丈夫だった!?」

「大丈夫よ。ルゥはいっぱい食べ物を持ってたしね」


 言われてみればたしかに、今回はイシュトマに移動するにあたりいくらか食糧を調達していたのだ。

 食糧を貯蔵していたルゥは、それで糊口を凌いだのだろう。


 いままでまるっきり放置していたことが申し訳なく、アルトは心の中で土下座しながらルゥを抱きしめた。


「で、どうしてルゥがいなかったら死んでたんですか?」

「ルゥがあんたに食事をさせたからに決まってんだろ」

「……はい?」

「まあ、そう言われてもわけわからんだろうな」


 飲まず食わずで武具製作に熱中するアルトを心配し、ルゥはこっそり彼の手元に水や乾燥肉を置いた。

 そうすることで、アルトが無意識に手を動かして水を飲んだり食べ物を食べたりすることをルゥは知っている。


 おかげでアルトは、最悪飢餓や脱水に罹らずに倒れるだけで済んだのだが。

 いつなにがあったか。本人には、まったく自覚はなかった。


 前回も同じように、気がつくと迷宮の中で飢餓に陥っていたことがあった。それはアルトの集中力がまったく途切れないためなのだが、今回はよりその傾向が強くなっている。


 アルトの集中力が成長したからか、あるいは〝仲間に頼るクセ〟がついたからか。

 いずれにしろ、再び倒れでもすれば今度こそリベットを泣かせてしまうだろう。それだけは、絶対によろしくない。


「マギカはどうしてます?」

「修行中だな」

「どこにいます?」

「さあ? 用があんなら犬笛を吹けばいいんじゃないか?」

「マギカは栗鼠族ですからね?」


 雪と戯れる発言といい、何故リオンはマギカを犬扱いするのだろう。

 犬とは耳と尻尾のもふもふ具合が全然違う。

 もちろん、マギカの方が上だ。

 その感触がいつもアルトは気になっているが、相手は女性。気軽に手を出せないのが悩ましい限りだ。


 できればマギカの方が良かったのだが……。

 仕方なくアルトはリオンに、武具製作の補助をお願いする。


「で? オレはなにをすればいいんだ?」

「それは――」

「大丈夫任せろ! 皆まで言うな! オレ、勇者だから! 現場に行けば製作スキルが目覚めてチートで最強の武器を作れるから!! それで親方に『お、お前なかなか筋がいいな』とか言われんだよな! くっそ、いまから楽しみだぜ!!」


 何故1700年以上も生きていて、未だに子どものような全能感に浸っていられるのか……。実に謎である。


 ただ単に、人間の想像の域を超えた神がかり的なお花畑が脳内に広がっているだけなのかもしれない。


 舞い上がったリオンは放置に限る。

 アルトは試作品を手にし、2刻ほどかけて首都イシュトマの郊外に向かう。

 口笛を吹き、魔物相手に試作品の感覚を確かめる。


 施した【刻印】が煩雑なのか、かなりのマナが吸い取られてしまう。

 試しに別の試作品を用いても同じ量のマナを吸われてしまう。


 一度に吸われる量は、普通の人間なら倒れるレベルだ。

 もしかすると根本的な設計が間違っているのか……。


  「ちょっと待て。師匠、戦略兵器でも作ってんのか!?」


 その場で【刻印】に微調整を施し、さらにテストを重ね、最終的に使用量をその半分まで抑えることが出来た。


  「雪が……雪が根こそぎ消えてく……」


 だがこれもまだまだ足りない。1度に極大魔術レベルのマナを用いるなど馬鹿らしい。

 消費量をもっと抑えて使用出来なければ、ハーグが作った巨大剣と同じように使い所が難しくなってしまうだろう。


【刻印】部分からマナが異常に発散してしまうのも問題だ。

 マナが通常のルートを通らないため、負荷が掛かったミスリルが熱を持つ。

 この状態で使い続ければ、いずれ籠めたマナが暴発してしまうだろう。

 なにかしら手を打たなければいけない。



 頭の中で術式を練り直しつつ、ドワーフ工房に戻る。

 試作品を一度鋳つぶし、再び形成を開始。


  「聞いてない。見てるだけなんて、聞いてない!! こうなればオレも……」

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