第5話 村の子どもタタ

本日はあと1話投稿します。




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 赤ん坊から始める《魔力操作》訓練は過酷を極めた。


 赤ん坊はどこもかしこも未発達だ。

 トレーニングが許される体ではない。

 訓練を行えば、即座に体が悲鳴を上げる。


 アルトは魔力欠乏によって何度も気絶したし、しばらく胃が裏返ったような吐き気を催し続けた。

 過剰な負荷をかけたせいで、何日も熱が下がらないこともあった。


 どれほど知識があろうと、訓練の辛さは変わらない。

 赤ん坊から始める魔力トレーニングは、尋常ならざる精神力が必要だった。


 トレーニングを開始した頃は、マナを一瞬宙に浮かばせるだけで精一杯だった。

 マナを浮かばせては魔力欠乏で気絶し、目を覚ましてはまたマナを浮かばせる。


 訓練を始めてから二ヶ月間は、この繰り返しの日々だった。


>>《魔力回復》1/100 NEW




 生まれてから3ヶ月経った頃、アルトは筋力トレーニングを始めた。


 赤ん坊の体はプニプニだ。

 この状態では歩行もままならない。


 恋人のハンナが殺されるまでに、まだ15年とある。

 しかし、悠長に構えていては決してハンナを救えない。


(魔術師(あいつ)と同じ土俵に立つためには、一秒たりとも休む暇はないぞ!)


 アルトは体を大きく動かし、猛スピード『ハイハイ』を行うのだった。


>>《身体操作》1/100 NEW

>>《体力回復》1/100 NEW




 6ヶ月になったらつかまり立ちをする。そこから徐々に手を離し、歩けるようになった。

 しかし、まだまだ体は不安定だ。

 右に左によろめいて、まっすぐ走れない。


 うっかり家具にぶつかれば大けがをしかねない。

 安全を重視しながら慎重に、アルトは訓練を重ねていく。


(手先がまだ思うように動かないから、ついでに鍛えておこうっと)

(歩行訓練って、上半身が暇だから丁度良いや)


 時間はアッという間に過ぎていく。

 アルトは寸暇を惜しんで、知りうる限りのトレーニングを行った。


 まずは8歳。それまでに、アルトは一人で戦い抜ける程に強くならなければいけない。

 何故ならこの村は――――。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 3歳になると、一人きりでの外出許可が下りるようになった。

 村の外には出られない(それだけは固く禁じられている)が、広い場所でさらなるトレーニングが出来るようになった。


 朝起きると、アルトはすぐに村の外れに向かった。

 この場所は、アルト一人の特訓場だった。


 村の中にあり、村人の目に触れにくいこの場所は、特訓に最適な場所だった。


 左右にステップを踏んだり、ストップ&ゴーを繰返す。

 息が切れても、倒れるまで走り続ける。

 足がもつれて転んだら、受け身を取って地面を転がった。


 アルトにとって、すべての動作がトレーニングだった。

 成功も、失敗も、全てを経験として取り込んでいく。


 体を動かしている時でも、魔力訓練は怠らない。

 常に空中にマナを飛ばし、頭上でクルクル回転させる。


 アルトはこの魔力アップ訓練を、眠っているあいだを除き、絶えず行っている。

 そのおかげか、現在ではマナの球を2つ浮かべても苦にならなくなっていた。


「はぁ、はぁ……ふぅ……」


 体力の限界が訪れ、アルトはその場に倒れ込んだ。

 座ることさえ出来ないほど、アルトは肉体を追い込んでいた。


 これほど厳しいトレーニングを行っても、目指す頂に届くかどうかわからない。

 だが、何もしなければ、絶対に届かない。


 休憩している間も、アルトは感覚を磨いていく。

 耳、鼻、肌で、周りの気配を読み取っていく。


 草花が風に揺れる音。

 どこかの家から漂う夕食の匂い。

 そして、子どもの気配。


「……ん?」


 アルトは顔を上げた。

 すると、いつもは誰も近寄らないこの場所に、少年が一人佇んでいた。


 年齢はアルトと同じか、少し上くらいだ。

 小太りで、ざんばら頭のその少年を、アルトは知っている。


(まずい奴に見付かっちゃったなあ……)


 アルトは内心舌打ちをした。


「おいお前。お前がアルトか?」

「う、うん……」

「なにしてんだ?」

「べつに。一人で遊んでるだけだよ」

「ふん、嘘つけ。そんな遊び、見たことないぞ」


 腕を組み鼻を鳴らしたこの子どもの名はタタ。

 村一番のやんちゃ坊主――に育つ子どもだ。


 今はまだやんちゃ度は控えめだが、7歳頃になる頃から、大人でも手が付けられなくなる。

 負けん気が強く、悪戯が大好きな子どもだ。


 前世でアルトはこの子に、何度となく泣かされた経験がある。

 その記憶が薄ら残っているせいか、あまり顔を合せたくなかった。


「アルトは嘘つきだってみんなに言いふらしてやる」

「いやいや、嘘じゃないよ」

「嘘だろ。全然面白そうじゃない」

「うーん。これが出来ると、結構面白いよ。タタもやってみる?」

「……ふん!」


 アルトが誘うと、タタは面白く無さそうに唇を尖らせた。

 それでもそっぽを向きながら、おずおずとアルトに近づいてくる。


 どうやら、彼は素直になれない年頃のようだ。


「……で、どうすんだよ?」

「あの丸をふみながら前に進むんだよ」


 地面には、ランダムに円が描かれている。

 この円だけを踏みながら前に進む訓練(あそび)だ。


 体のバネを上手く使いながら、適度な力加減でジャンプする。

 左右に揺れる体を体幹で支えながら次へ次へと飛んでいく。


 この訓練では、重心を素早く切り返す技術が養われる。

 また体のコントロール力も培われる。


「こうやって、ほい、ほい、ほいっと。こんな感じでやるんだよ」

「…………」


 アルトがお手本を示すと、タタの顔が引きつった。

 しかし、すぐにキッと地面を睨み、助走を付けてジャンプする。


 一つ、二つ、三つ。

 順調に円を踏んでいるかに見えたタタの体が、四つ目で傾いだ。


「あっ」


 バランスを崩したタタは足を滑らせて盛大に転んだ。


「う……く……」


 タタが膝を抱えて蹲る。

 アルトが慌てて駆け寄ると、


「だ、大丈夫?」

「うわぁぁぁぁん!!」


 タタが大粒の涙を流す。

 未来のガキ大将が号泣する姿に、アルトは慌てた。


 アルトは前世で、子どもを持ったこともなければ、子どもと遊んだこともない。

 こういう時に、どう接して良いのかがわからなかった。


「アドゥドドバガァ! オガァジァァァン、ウワァァァァン!!」


 なんだか良くわからない奇声を上げながら、タタは村の中へと戻っていった。


「……なんだったんだ」


 彼が何故ここに来たのか、なにがしたかったのか、最後になんと口にしていたのか、さっぱりわからない。

 アルトはよろよろと歩くタタの背中を、呆然として見送るのだった。

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