第14話 汚れつちまつた悲しみに

 受付の一言で室内が騒然となる。


「――あっ!」


 アルトは慌てて鞄を取り戻す。

 鞄の中にはスライム――ルゥが入っていた。


 視線を集めて居心地が悪くなったのか、ルゥがぷるぷると体を震わせた。


 ルゥは一見すると頼りないが、アルトが倒した魔物から魔石を抜き取ってくれる。

 これまでの道中、アルトが魔物から魔石を抜き取る様子を見て学んだようで、ルゥが自主的に魔石を集めるようになったのだ。


 通常のスライムではこうはいかない。

 野宿で出たゴミを処理するのがせいぜいである。


 キノトグリスの迷宮では、ルゥの力がかなり役に立つこと間違いない。

 頼れる小さな友達だ。


 さておき、アルトはそんな友達を、鞄に入れっぱなしにしてたのを忘れていた。


「すみません。それ、ボクの友達なんです」

「さ、さようですか……」


 慌てたアルトはルゥを素早く服の中に隠した。

 驚いたルゥが、アルトの服の中でもにょもにょと動く。


(あっ、こら、あんまり動かないの!)


 騒然としつつも、さすがは冒険者ギルド。秩序がみるみる回復していく。

 見れば、出入り口に武器を抜いた衛兵が現れている。気づくのが遅れれば、あの衛兵にルゥが真っ二つにされていた可能性がある。


(あ、危なかったぁ……)


 冷や汗を拭い、アルトは鞄に入れていた魔石を、専用のカゴの中に放り込んでいく。


 魔石の多くが直径2~3センチ程度だ。

 その中に、5センチから8センチのものもパラパラ混在している。


 鞄の一番下には、15センチ大の魔石がある。こちらは時期を見計らって売る予定だ。

 しばし鞄の中で眠らせておく。


 すっきりした鞄に再びルゥを詰め込み、アルトはカゴを受付に渡した。

 もう魔物はいないはずなのに、まだ受付の顔が引きつっている。


「…………あの、この量の魔石はどこで?」

「狩りで手に入れました」

「狩り? おま――あなたが、ですか?」


 アルトはキノトグリスまでの道中、襲いかかってくる魔物をすべて討伐した。

 おかげで大量の経験値と魔石が手に入った。


 だが、アルトが事実を伝えても、受付は一切信じてくれはしないだろう。

 8歳児が大量に魔物を討伐したなど、現実味がなさすぎる。


(もし僕がそんな話を聞かされても、きっと信じないだろうしね)


 アルトは早々に説得を諦め、マギカに手柄をなすりつける。


「いいえ、マギカが倒しました」

「な、なるほど」

「私は、なにもしてな――」

「まあまあ!」


 目がつり上がったマギカを宥めながら、アルトはそっと口を近づける。


「僕の年齢じゃ、絶対信じてもらえないからさ」

「でも――」

「ただ魔石を買い取って貰うだけなのに、説明に時間をかけるのはもったいないよ」

「むぅ。でも、アルトの評価が……」

「どうでも良いよ、そんなもの」


 アルトは嗤った。


 評価によって、能力は変わらない。

 他人からの評価が上がっても、アルトが強くなるわけではないのだ。

 わざわざ時間をかけて手に入れる程の価値はない。


 それより今は、先立つもの(おかね)である。


「すべての魔石ですが、全部で1990個。買い取り価格が金貨2枚銀貨29枚に銅貨85枚となりました。……いかがされますでしょうか?」

「ええと……はい、それでお願いします」


 アルトは若干言い淀んだが、すぐに頭を働かせて首肯する。


「あっ、あとついでに冒険者登録をして頂きたいのですが」

「承知致しました。それではこちらの紙に、必要事項を記入してください」


 渡された紙にペンを走らせる。記入する項目は、名前と年齢、それに出身地のみだ。

 それだけで、冒険者登録が行える。


 とはいえCランク――いわゆる上級冒険者に昇級する際には、様々な審査が待っている。


(まあ、高ランクになる意味は全くないから関係ないんだけどね)


 アルトがギルドに登録したのは、ギルドメンバーであれば素材や魔石の値段が若干上乗せされるからだ。


 アルトの最優先課題は力を身につけることだ。

 しかし人間である以上は、霞を食べて生きていけない。先立つものが必要だ。


 いざという時にお金に困らないよう、ある程度はギルドを利用して稼いでおくべきだ。


 受付はアルトの素振りに眉をひそめることなく、お金を取りに奥へと戻っていった。


(てっきり、年齢を見てまた驚かれるかと思ったんだけどなあ……)


 赤髪の受付は、アルトが出した申請書を見ても眉一つ動かさなかった。

 おそらくそれは、アルトがいろいろ黙認したためだ。


(いつの時代も、鼻薬って大事だなぁ)


 七十年以上も生きていれば、いろんな物事を学ぶ。

 たとえば世の中、綺麗事だけでは回らない、とか……。


(僕も、ずいぶんと汚れたなあ)


 見た目が八歳児ということもあり、自らの思考の汚れを強く意識して、アルトは大きく肩を落とすのだった。

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