一章 危険因子と悪魔の所業
第13話 キノトグリス
ユーフォニア王国中央部に位置する迷宮都市キノトグリスは、巨大な外壁に包まれている。
古い言葉で混沌(キノトグリス)を意味する通り、この街は多種多様な種族や職業の者達が雑多に入り乱れている。
混沌としている原因は、ダンジョンだ。
冒険者や商人や、その他金の匂いを嗅ぎつけた者達が、一発逆転を狙ってキノトグリスに集うのだ。
生まれ故郷を立って1ヶ月。
アルトは無事キノトグリスに到着した。
この街には、世界屈指のダンジョンがある。
ハンナが襲撃を受ける約七年後まで、ここでみっちりレベリングを行う予定だ。
門に連なる列に並び、一時間ほどしてやっとアルトたちの審査の番になった。
「ブレスレットをかざしてください」
受付係に促され、アルトは備え付けの魔道具にブレスレットをかざした。
この魔道具は入門や出門時に、ブレスレットから情報を読み取るものだ。名前から出身地、犯罪歴や納税記録までチェックされる。
「アルトさんですね。キノトグリスへようこそ。毎年きちんと納税されておりますね。追加の入頭税はございません。どうぞお通りください」
「ありがとうございます」
両親がしっかり納税してくれていて良かったと、アルトはほっと胸をなで下ろした。
(問題が起こらなくて良かっ――)
「次はマギカさん、ですね。過去に納税されている様子がありませんが、いままでどちらにいらっしゃいましたか?」
(――げっ!)
後ろからついてきた少女――マギカが捕まった。
マギカは栗毛の髪、それと同色の耳と尻尾。背丈はアルトより少し高い程度と、見た目は少女のようである。
だが彼女――獣人族の見た目年齢を侮ることなかれ。
一見すると13才くらいの少女だが、実は20才30才なんて当然のようにあり得るのだ。
彼女は先日、野宿した際に出会った栗鼠族の少女で、アルトに同行する意思を見せた。
その思惑は不明だ。
ふらっと現れた彼女に、焼いたナイトウルフの肉をお裾分けした。
ただそれだけの理由で(少なくともアルトにはそうとしか思えない)、彼女がアルトの旅に同行することになった。
(まさかあのお肉がよほど気に入ったのかな?)
さすがにそれだけで付いて来たのであれば、人として問題だ。
アルトはなにかしら裏があると踏んでいるが、その裏にさっぱり心当たりがない。
さておき、マギカの税金である。
「ずっと、外で暮らしてた」
「そうですか。この国の民には等しく納税の義務があることはご存じでしょうか?」
表情には現れていないが、茶色の耳がおろおろと動いている。しっぽもしゅんとして悲しげだ。
「それは獣人といえども例外ではありません。とはいえ、一定額以上の稼ぎがないのであれば納税は免除されますが……」
「お金は、稼いだことはない」
マギカが薄い胸を張る。どうだ! と言わんばかりに耳は直立し、しっぽがゆさゆさと揺れる。
(それ、自慢するものじゃないよ……)
アルトは額に手を当てた。
「そうですか。ではお調べいたしますね」
お金を稼がずに暮らしていたのだとすれば、ほとんどの場合は課税されない。
特にキノトグリスは、入頭税がほとんどないことで有名だ。
(たぶん、マギカなら大丈夫だ)
アルトの予想通り、マギカは無事に(時間はかかったが)非課税での入門審査を果たした。
審査の間ずっと緊張していたからか、マギカのしっぽが「もう……ダメ……」というようにクタッとしている。
「大丈夫?」
「……ん。街に入るの初めてだから、緊張した」
「ふぅん」
(僕と同じで、ずっと小さな村で暮らしてたのかな?)
いまでは大都市にも慣れたものだが、初めてアルトがキノトグリスに来たときも、彼女のように緊張したものだ。
門を抜けて、キノトグリスのメインエリアに足を踏み入れる。
前世での暮らしを懐かしみながら、アルトは街を見回した。
「あれっ?」
「ん、どうしたの?」
「あ、いや、ごめん。なんでもない」
首を傾げるマギカに、アルトは慌てて手を振った。
先ほどは前世と異なる光景に、うっかり声を上げてしまった。
(前世で初めて来た時は、もっとうらぶれてる印象だったんだけどなあ)
現在のキノトグリスは、綺麗なレンガ色の建物が建ち並んでいる。
だが前世では、外壁が黒ずんでいたり、崩れ落ちたりしている家が多かった。
(前世は、たしか10歳の頃に来たんだっけ……?)
現在アルトは8歳なので、今から2年後には記憶と同じ街並みになる。
しかし街がたった2年で、そうみすぼらしくなる理由が思いつかない。
(税金の取り立てが厳しくなるとかかなあ? まあ、少し注意しておくか)
何をするにも先立つものが必要だ。
幸い手元には、沢山の魔石がある。
魔石は魔物の心臓付近にある、マナを宿した石だ。
様々な家庭用魔道具に用いられるので、需要は無くならない。
この魔石をお金に換えるため、アルトは冒険者ギルドを目指して歩き出した。
前世でアルトは、この街に5年近く暮らしていた。おかげで複雑な道も少しも迷うことなく歩くことができる。
打って変わって後ろを歩くマギカは不安げだ。表情は涼しいものだが耳はせわしなく動き回り、股の下にしっぽが隠れてしまっている。
冒険者ギルドに到着したアルトは、まっすぐ買取カウンターに向かう。
カウンターの下から背伸びをして顔を出すと、受付業務を行う赤毛の青年が目を丸くした。
「い、いらっしゃいませ。ご用件をお伺いいたします」
「魔石の買取をお願いします」
「了解いたしまし――ヒッ!?」
アルトがカウンターに乗せた鞄を開くと、受付係が突如大きく仰け反った。
「ま、魔物!?」
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