第12話 運命は新たな道を歩み出す

 レベルアップで強化された足が、尋常ならざる力強さで大地を蹴る。

 さらに蹴る。

 蹴る。


 空気を切り裂き、加速する。

 たった五歩で、消える30メートルの間。


「――しっ!!」


 スライムとオウルの間に割り込み、アルトは錆びだらけの短剣を振った。


 ――ザリッ!!


 錆び同士が擦れるような鈍い音が響いた。


 どしゃ、と二つに分かれたサイレントオウルが地面に落下。

 しばらくビクビクと動いていたが、やがて絶命した。


「……ふぅ――つぅ!!」


 気を抜くと、体が思い出したように痛みを伝えた。

 アルトは顔を歪め、崩れ落ちる。


「はぁ……はぁ……」


 先ほどまでアルトは、全身の痛みが激しく、ほとんど動けなかった。

 だがスライムのピンチを見て、痛みが消えた。

 サイレントオウルを切りつけた時は、体が痛いことなんて忘れて、ただ助けることしか頭になかった。


(なんでだろう?)


 考えていると、頬に軽い衝撃が加わった。

 スライムが触手を出して、アルトの頬を叩いている。


「……ん、なに?」

「ぺんぺん、きゅっきゅ(これ、飲んで)」


 体から出した触手を巧みに操って、そんな意思を伝えてきた。


「もしかして、その水、僕に飲ませるために運んできたの?」

「ふりふり(うんうん)」

「どうして?」

「きゅっきゅっ、しゅぱっ、てろんてろん」


 スライムの動きに言葉はない。

 だが、なんとなく「水を飲むと体が楽になる」と言いたいのだな、と感じられた。


「……あ、ありがとう」


 まさか、見ず知らずの――それも圧倒的に弱い生物(スライム)に気を遣われる日が来るとは、想像もしなかった。

 アルトは両手を差し出し、スライムの頭上に溜まった水を受け取った。


 その水を、口に運ぶ。


「……美味しい」


 スライムから貰った水は、アルトがこれまで飲んだ水の中で、最も美味しく感じられた。

 そのあまりの美味しさに、アルトの目から涙がこぼれ落ちた。


「しゅん? しゅんしゅん?」

「うん、大丈夫だよ。大丈夫」

「ぽんぽん!」


 アルトの言葉が伝わっているのか。大丈夫と口にすると、喜びを表すようにスライムが飛び跳ねた。


「……ねえ、一緒に来る?」


 アルトは手を差しだした。


 水を恵んでくれたこのスライムに対して、アルトは奇妙な予感を覚えていた。


 器用に思いが伝えられるこのスライムが一緒にいれば、もしかしたら、どんなに辛いことだって乗り越えられるのではないか、と。


(全身の痛みを忘れて動けた時みたいに……)


 ただの気のせいかもしれない。

 しかし、そんな不確かな勘を今だけは、信じてみたい気分だった。


(一緒にいても、マイナスになることはないしね)


 アルトが差しだした手に、スライムがぽんっと飛び乗った。

 するすると腕を伝い、肩に乗る。

 まるでそこが、初めから定位置と決まっていたかのように落ち着いている。


「それじゃあ、これから宜しくね」

「しゅぱっ!」


 アルトが左手をかざすと、スライムが触手で掌を叩いた。


「キミって、名前はある?」

「ふりふり」

「じゃあ、ルゥなんてどう? 古い言葉で、大いなる渦を意味するんだ」

「にゅんにゅん!」

「そう。喜んでくれて僕も嬉しいよ」


 スライムを撫でながら、アルトは村を振り返る。


 寝静まった村が、闇の中に薄ら浮かび上がっている。

 どこにも明かりが灯っていない。小さい村だから、見張りもいないのだ。


 この村で、アルトは前世も含めて16年を過ごした。

 前世では、壊滅してしまった。

 けれど、今世は救うことが出来た。


「……」


 様々な思いが去来する中、村全体を脳裡に焼き付けた。

 アルトが踵を返した時、《気配察知》が反応した。


「おい。どこに行くんだよ」

「タタ?」


 振り向くと、村のガキ大将であるタタの姿があった。

 驚くべき事に、彼は村の中ではなく、外側から現われた。


「こんなところで、何やってんだよ」

「それは……」

「ふんっ、どうせお前のことだ。何も知られたくねぇんだろ?」

「……えっ、どうして」

「だってお前は昔っから、俺が何聞いても、何も教えてくれなかっただろ」

「そうだったっけ?」


 アルトは首を傾げる。

 タタの質問の半分は、集中していたせいで耳に入らなかったのだが……。

 そうだったかもしれない。アルトは無言で頷いた。


「大人に見付かりにくい村の外れで鍛えてたのも、鍛えてるって知られたくなかったからだろ?」

「…………」


 図星を突かれて、アルトは息を止めた。

 まさか子どもに、意図が読み取られるとは思ってもみなかった。


 しかし、考えてみれば当然だ。

 タタはずっと、アルトを観察していたのだ。


 子どもは決して馬鹿ではない。

 子どもは感情がコントロール出来ないだけ、自分の思いを伝える語彙がないだけで、考える力、見抜く力は備わっているのだ。


「やっぱり、村を出ていくのか」


 今度は、問いではなかった。

 アルトはどう答えるか迷っていると、タタは背中を向けた。


「あれだけ鍛えてたんだ。すげぇ事やりに行くんだろ?」

「……うん」

「お前でも、難しいのか?」

「うん。このままだと、負けるかもしれない」

「うぐっ……お、お前でもそうなのか……」


 世界って、広いんだな。

 タタはそう、ぽつりと零した。


「でもな、アルト。これだけは忘れんなよ。頑張れば、死ぬ気でやれば、なんだって出来る。なあそうだろ? アルト」

「うん!」

「……行くならさっさと行け。大人にバレたら連れ戻されるぞ」

「うん。さようなら、タタ」


 村に背中を向けて、アルトは歩き出した。

 五十歩ほど進んだところで、タタの大声が響いた。


「アルトォォ! 俺は、俺の親友(ダチ)がこの村を救ったこと、絶対に忘れないからな! 俺だけは、大人になっても、ずっと覚えててやるからなぁぁぁ!! だから、絶対に負けるんじゃねぇぞおおお!!」

「……うん」


 タタの声を受けて、アルトは再び歩き出す。

 ぽたぽたと、歩く度にアルトの頬から雫がこぼれ落ちた。


 ゴブリンを壊滅させたことで村の平穏は保たれ、アルトはスライムのルゥに出会った。

 そして、親友(タタ)が出来た。


 アルトは間違いなく、一度目とは違う道の上を歩んでいる。


 ――運命は、分岐した。

 その確信を得て、アルトは一路、目的地であるキノトグリスへと向かうのだった。




 ハンナの死まであと――7年3ヶ月。




【名前】アルト 【Lv】3→8 【存在力】☆

【職業】作業員 【天賦】創造  【Pt】0→1

【筋力】24→64   【体力】17→45

【敏捷】12→32   【魔力】96→256

【精神力】84→224 【知力】43→115


【パッシブ】

・身体操作29→30/100 ・体力回復20→22/100

・魔力操作43→44/100 ・魔力回復39→40/100

・回避  10/100    ・工作2→5/100

【アクティブ】

・体術 19/100

・熱魔術10/100  ・水魔術9/100

・風魔術 7/100  ・土魔術8/100

・忍び足 3/100

【天賦スキル】

・グレイブLv2

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