第15話 贔屓の武器屋

 冒険者証と売却した魔石のお金を受け取ると、アルトはギルドを出て、まっすぐ東通りに向かった。


「次はどこ行くの?」

「武具を見に行こうかと思って。僕、まだまともな武器がないからさ」


 現在アルトは、ゴブリンが落とした短剣しか持っていない。


 この短剣は錆びだらけで切れ味が最悪だし、軽いから鈍器にもならない。

 これでは、さすがに迷宮には潜れない。


 最低限、魔物を倒せるまともな武器が必要だ。

 とはいえ性能は最低限で良い。

 性能が良い武器は、アルト自らの手で作る腹づもりだ。


 長く使える武具を探すより、自分で作った方が細かい調整が利く。

 なにより店で買うより高品質になりやすいからだ。


 しかしながら、現在アルトは鍛冶スキルを取得していない。

 だから鍛冶スキルを取得するまでの、ツナギ武器があれば良い。


(《鍛冶》を育てておくと色々便利なんだよね)

(武具が摩耗したとき、素材さえあれば修復出来るしね)


 また、アルトには一つだけ予感があった。


(もしかしたら、鍛冶スキルを入手しなくても、良い武器が作れるかもしれない)


 アルトらは武具店が建ち並ぶ通りを訪れた。

 いずれの店の前にも武具を持った男女が立っている。彼ら、彼女らは客引きをしているのだ。


「……? お店、入らない?」

「うん。この通りのお店は、あまり良いものが揃ってないからね」


 アルトはマギカだけに届く声で言った。

 この通りには沢山の店がひしめき合っているが、すべてが品行方正な商売をしているとは限らない。中には粗悪品を堂々と売りつけるお店もある。


 そうした店を避けるには、それ相応の情報が必要である。

 粗悪品を掴まされる苦い経験を重ねながら、冒険者は情報の大切さを学んでいくのだ。


『良い勉強になったろ? 取られるのが命じゃなく金で良かったな』というのが悪徳商人の弁である。


「どうして、アルトがそれを知ってる?」

「えっ? ――あっ! ええと……それは……じ、地元の人で、キノトグリスに来たことのある人から聞いたんだよっ!」

「ふぅん。そう」


 咄嗟に口にした嘘に、マギカが納得した表情を浮かべた。


(あ、危なかったぁ……)


 アルトは内心安堵の息を吐く。


(うっかり今の僕が知り得ない情報を言っちゃった)

(今度から気をつけないと)


 売り子の声をスルーしながら、アルトは前回お世話になったお店に足を踏み入れた。

 そこは唯一売り子がないお店だ。


 看板はなく、一目で武具店とわからない。

 一見さんお断りっぽい雰囲気に、前世ではやや気後れしたものだった。


 だがこのお店には、間違いなく良い武器が売っている。

 それもその筈。店主がドワーフ――鍛冶技術に長けた種族だからだ。


「ここはガキの来る場所じゃねぇ!」


 店に入るなり、店主に怒鳴られてしまった。

 身長はアルトよりも少し高いくらいだが、顔面に刻まれた無数の皺が、男の齢を物語っている。


「武器が欲しいんですが」

「ガキに売る武器はねぇ。帰れ」


(さて、どうしよう?)


 この反応は予想外だ。

 アルトは腕を組む。


(前に来たときは、普通に売ってくれたんだけどなあ)


 前世でアルトが来たときは10歳だった。村が壊滅してから方々を彷徨った後、キノトグリスに到着したのだ。


 前回は店に入っても鼻を鳴らされただけで済んだから、まったく気にもしていなかった。

 しかしどうやら年齢が二つ下がると、武具を販売してくれないらしい。


(まさかそんなフラグが存在していたとは……!)


 大金を貰って浮かれていた気分がすぅっと落ちていく。


「一応こう見えても、戦えるんですけど」

「ガキが調子に乗るな」

「冒険者登録もしていて」

「登録くらい誰にでもできる」

「僕は、一人で魔物の大群を退けたことも――」

「帰れ」


 取り付く島もない。


(こりゃ駄目だ)

(他のお店で買うかなあ?)

(いや、他の店は信用出来ないし……)


 アルトがこの店を選んだのは、一切粗悪品がないからだ。

 どの武具も、丹精込めて作られている。


(鑑定が出来れば、粗悪品を掴まされることはないんだけど)


 アルトは前世で鑑定が出来た。

 しかし今は鑑定出来ない。


 武具の善し悪しは命に直結する。いざというときに折れるような武器など、怖くて使えない。

 どうしてもその手の店で武具が欲しいのなら、鑑定スキルは必須である。


(どうしたもんかなぁ……)


 落胆するアルトの目の端に、ひょこひょこと動く耳が入り込む。

 見ると、マギカが店内の鉄拳武器を眺めていた。


 マギカが武器を手に取っても、店主はなにも言わないどころか、反応すらしない。


「マギカは良いの?」

「あれはガキじゃねぇ。成人してるだろ」


(どこが!?)


 改めてマギカを観察するが、やはりアルトと同じか少し身長が高いくらい。体は男の子みたいだけれど、ほんの少しだけ「私、女よ!」って胸が主張している。


(どう見ても子供にしか見えないんだけど……)

(やっぱり獣人は見た目じゃわからないなぁ)


 はあ、とため息が漏れた。


「とりあえず日を改めようかな」


 改めたところで、なにかが変るわけじゃない。

 だがここでいくら粘っても、明らかに時間の無駄だ。


「これ欲しい」


 すぅっと音もなく寄ってきたマギカが、アルトに白銀の鉄拳を見せてきた。


 鉄拳はマギカが使用している武器種だ。


 白銀色――ミスリルが用いられているであろうその武器は、彼女がいま現在使用している鉄拳よりも、性能が良さそうに見える。


 値札を見るが、値段が書いていない。


 前世での経験上、この手の札は一級品にのみ付けられるものだ。目が飛び出る値段に違いない。


「却下」


 マギカの耳がしゅんとなった。

 すごすごと武器を元の棚に戻すのだった。

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