第118話 悲しみが、にじむ

 ドワーフギルドの長であるダグラは、拾い子であるアルトの処遇に頭を悩ませていた。


 きっかけはアルトが口にした「工房で働かせて欲しい」という言葉だった。


 いきなりどうしたんだ? と思ったが良い機会だ。

 早いうちから仕事の厳しさを体験すれば、今後の良い糧となるだろう。

 そう思い、ドワーフ工房での労働の許可を出した。


 ダグラは当初、清掃業務を与えればすぐに音を上げるだろうと考えていた。


 だが彼は違った。

 工房の掃除を親の敵ほど嫌うドワーフとは違い、アルトは熱心に清掃業務に勤しんだ。


 泣き言を一言も口にせず、影でサボることも手を抜くことも、ましてや清掃の質を落とすことなかった。

 彼は1ヶ月、入門業務の洗礼を耐えきった。


「てっきり、すぐに泣きついて辞めてしまうと思っていたんだがな」


 熱意がいささかも衰えないアルトを、ダグラは鑑定室に送り込んだ。


 鑑定室は、武具に使う素材の鑑定を行う部署だ。

 そこでは日々、様々な素材の鑑定が行われている。


 当然ながら所属している者達はみな、〈鑑定〉スキル持ちだ。 

〈鑑定〉がなければ鑑定の仕事はできない。


 しかし他の部署とは違って、スキルがなくても素材の整頓業務が常にある。

 アルトにはそれをやらせよう。

 ダグラにはそんな思惑があったのだが――。


「親方! あいつ、何とかしてくれよ!!」


 ダグラの予想とは裏腹に、アルトはたった1ヶ月で鑑定室の仕事をすべて吸収しきってしまったのだった。


「そんな馬鹿な……」


〈鑑定〉が仕事で通用するレベルに達するまでに、最低でも3年はかかる。

 それをたったの1ヶ月で習得してしまうなど、にわかには信じられない。


 困惑するダグラに、鑑定室のドワーフが泣きついた。

 彼らは皆鬼気迫る表情で、何故かアルトの追放を訴える。


「このままだと俺達の仕事が無くなる!」

「みるみる原石が消えていくんだ!」

「オラの、オラの原石ちゃんがぁぁぁ!」


 さすがは武具製作に関する、あらゆる方面に大きな熱情と愛情を持って取り組んでいるドワーフだけはある。

 中には鼻水を垂らしながら真っ赤な目で迫るものもいた。

 それほどまでに、自分の仕事を他人に奪われたくないのだ。


 趣味――いや、仕事を奪われる悲しみはダグラもよくよく理解している。

 彼らの訴えをすぐに聞き入れ、ダグラはアルトを精錬室に異動させた。


 しかしダグラはその日のうちに、精錬室のドワーフたちに泣きつかれることとなった。




「一体どうなってんだ……!?」


 今日の鍛冶ギルドは、アルト一人のおかげでてんやわんやだ。

 ほとぼりを冷ますため、ダグラはアルトを精錬室に放り込んだ。


 今度はアルトになにもさせないつもりだった。

 そのため、精錬用の炉を使う許可は与えていない。


 にも拘わらず――。


「なんで炉を使わずに精錬出来るんだよ!?」


 アルトが炉も使わず精錬する様子を見て、ダグラは度肝を抜かれた。

 おまけに原石を製錬する速度が、炉を使って精錬する速度よりも早いではないか!


「一体どんな手品を使ってやがんだ……」


 アルトの手管は不明だが、このままでは精錬室のドワーフたちが、泣きながら居酒屋に駆け込んでしまう。

 へそを曲げた彼らが業務を投げ出せば、今月のノルマが終わらない。


 ダグラは精錬室のドワーフたちをなだめつつ、アルトを家に帰すのだった。




 翌日ダグラは、自分が所属する鍛練室にアルトを招いた。

 他のドワーフに任せれば、またなにをしでかすかわからない。

 なのでダグラは覚悟を決め、自分でケツを持つことにした。


 昔弟が使っていた金床を引っ張りだし、アルトに与える。


 工房で働かせると決めた以上、アルトをサボらせるわけにはいかない。

 なのでここでは彼に、武器の鍛錬を教えるつもりだ。


 とはいえ自由に鍛錬させれば、どんな未来が待っているか想像もつかない。


 一日に剣を10振り20振り作られたら、自分の趣味――いや、仕事まで奪われるだろう。


(それだけは絶対に回避しなきゃならんな……)


 ダグラはアルトが1日に製作できる武器の本数を3つまでと定めた。

 さらにだめ押しで注文を付けた。


『品質がB以上の武器でなければ、製品として認めん』


 ドワーフが生み出す武器は、全て品質B(高品質)以上ではない。

 他の武具工房は知らないが、ドワーフ工房では『品質C』を商品として卸せる最低品質に設定している。


 つまりダグラが口にした『B以上でなければ、製品として認めない』は、アルト限定の特別ルールだった。




 本来、品質Bの武具などそうそう作れるものではない。

 何故なら、素材の品質が毎回微妙に異なるからだ。


 低級素材を用いても、品質B以上の武具を作れる〈鍛冶〉スキルの域に達しているのは、ドワーフ工房の中ではダグラを含め3名程度しかいない。

 残りの数十名は、ギリギリ品質Cに達するくらいだ。


 ダグラが素材に左右されずに高品質の武具が作れるようになったのは、ギルドに入ってから20年が経過したくらいだっただろう。

 それほどまでに、安定して高品質の武具を製作するのは難しいのだ。


 難しいはずだったのだが……。


「何故だ……!?」


 なんとアルトはたった3ヶ月間で、品質Bの武器製作に成功したではないか!


「一体、こいつはなんなんだ!?」


 ダグラは怒りに震えた。

 自分の20年はなんだったんだ!! と……。


 アルトがここまで短期間で実力を伸ばしたのは、武具制作の才能があったからではない。

 彼が持つスキルが理由だろうとダグラは見ている。


 鍛造用の金槌を、一・二度しか振らないのに、鉄がみるみる武器になっていく。

 ダグラは見たことのないスキルだ。

 おまけに鍛造速度が恐ろしく速い。


 おまけに彼には、ドワーフに勝る集中力があった。

 たとえ腹が減ろうと水分不足でふらふらになろうと、どれほど耳元で怒鳴りつけようと、ダグラが殴るまでは決して動かない。それほどアルトは集中していた。


(とんでもねぇ奴だ……)


 これほどまで集中して身を削り、魂を削り、命を賭けて突っ走る様は、見ていて背筋が寒くなる。


 ドワーフは嬉々として槌を振るう。

 武具製作が、楽しくて仕方が無いからだ。

 だがアルトは、鬼気として槌を振るっている。

 雰囲気が、もの悲しい。


(なんでそんな生き方しかできねぇんだ……)


 ダグラは、アルトが不憫でならなかった。


 人間はおおよそ80年生きる。

 彼の年齢は16か、17か、それくらいだろう。

 まだまだ先はある。

 なのに、あと数年で死んでしまうかのように、生き急いでいる。


 時々金槌を打つ。

 その響きが、ダグラにはどうしても、アルトの悲痛な叫び声に聞こえてならなかった。

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