第119話 続・勇者からは逃げられない!

 定例会議と称した月いちの飲み会の日のことだった。

 不思議なことに、あれだけ驚異的だったアルトの作業を、ダグラ以外のドワーフたちは誰1人として覚えていなかった。


 散々職場を引っかき回されたというのに、コテンパンにやられたはずなのに。

 ダグラ以外のドワーフたちには、『アルトはダグラの養子』という認識しかなかった。


(一体、なんだってんだ?)

(あいつら、全部忘れちまったってのか?)

(それとも、アルトを意識してる俺が変だっていうのか?)


 まるで、魔法にでも掛けられた気分だった。


 たった5ヶ月。

 短い期間の間に、アルトはドワーフの武器鍛練を習得し、剣の製作の腕を高品質級まで高めてしまった。

 次に製作したのは長剣で、これもたった1ヶ月の間に品質Bを生み出した。


 実の子のように思ってきたアルトの成長なのに、まったく喜べない。

 いったいこの先どうなってしまうのか、心配で仕方がない。

 また他のドワーフたちの反応も気になる。


 いろいろと、考えることが多すぎて、エールの味がちっとも感じない。


 現在、ダグラのテーブルには一本の武器がある。

 アルトが作った短剣だ。

 もちろん品質はBなのだが、ドワーフが作ったものと、決定的な違いがある。


 品質ではない。

 形状でもない。

 おそらくは、魂だ。


 ドワーフは武具製作過程のすべてを楽しんで行う。

 三日三晩寝ないで武具製作を行い、その足で仲間を連れて飲み歩き、家に帰ると妻にぶん殴られる。

 そのまま気絶して眠り、翌朝いつもの時間に起床して腫れた顔で工房に向かう。

 それを繰り返しても、『辛い』とか『苦しい』とか、ダグラは一度も感じたことはなかった。


『この先に、いったいなにが待ち構えているんだろう!?』


 そう思うとワクワクして、居ても立ってもいられなくなる。

 興奮して武具製作に夢中になり、疲労や眠気を忘れてしまうのだ。


 けれど、アルトは違う。

 彼にとっての努力は悲壮感だったり、がむしゃらさだったり、身を削ることに重点が置かれている。


『これだけ辛いんだから、報われるだろう』


 まるでそう言うかのように、彼は一心不乱に武具製作に取り組んでいる。


(もしや、生きていることに、なにかの負い目があるのかもしれんな……)


 辛い。苦しい。死にたい。

 生きていて、申し訳ない。


 そう口にするように、武器に宿った魂が、泣いていた。




 アルトはいずれ、ドワーフさえなかなかたどり着けない究極の品質S――極級に、単身たどり付くかもしれない。


 だがその前に、彼はまた以前のような廃人になるだろう。

 あるいは本物の天才だったダグラの弟のように、鬼に取り憑かれるか……。


 今後、一体アルトはどれほどの頂を上るのか、興味はある。

 しかし彼の精神が心配だ。


 だから悪い変化が起こる前に、ダグラは手を打つことにした。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 災禍を逃れたユーフォニア王国の首都。

 とある宿で、朝も夜もなくリオンはベットに横になっていた。


 ここはアルトたちと3人で泊まっていた宿だ。

 アルトは空に消え、マギカはハンナを連れて王都から脱出した。


 1年後にひょっこり姿を現したマギカは言った。


『アルトはレアティス山脈の向こうに飛んでいった』


『飛んでいった』という言葉がよくわからない。

「師匠はいつ鳥になったんだんだよ?」


 とはいえマギカが言うのだ。おそらく事実なのだろう。

 まるで想像できないが……。


 レアティス山脈ではその日、大爆発があった。


(まさか、爆発に師匠が巻き込まれたのか?)


 不安に押しつぶされそうになるが、持ち前の精神力でぐっと堪える。


 一緒にルゥの核を埋葬しようと、アルトは約束した。

 だからリオンは、ここに残った。


 いつアルトが帰って来ても良いように。

 いつアルトが帰って来ても、迷わず合流できるように……。


 ここを訪れたマギカの瞳は、強い力を秘めていた。

 人生の目標となるものを見つけたのだろう。


 きっと彼女は、もうここには戻らない。

 そう悟ったリオンはマギカの部屋を引き払い、アルトが泊まっていた部屋を引き続き確保し続けた。


 宿を借りるお金なら、たんまりある。

 ドラゴンの核を売り、分配された金貨6枚。そのうちの1枚は制服代に消えたので、残りは5枚だ。


 リオンは《空腹耐性》がカンストしているので、キャベツ1球あれば1週間は余裕で生きていける。

 金貨5枚あれば、5年は余裕で暮らしていける。


「それだけ待っても戻って来なかったら……?」


 そのときは、アルトが残していった鞄に入っていた金貨を使うことにする。


「こっちは待たされてんだから、それくらい師匠は許してくれるだろ――いや、許すべきだ。なんたってこの俺、ドラゴンスレイヤーである勇者を待たせているんだからな!」


 マギカが情報をもたらしたその年に、リオンは活動を再開した。

 レアティス山脈の麓を中心にアルトの捜索をしたし、ユーフォニアに戻って来ているかもしれないので、王都を探し回りもした。


 けれど、アルトの姿は見当たらなかった。


 念のために、ギルドにも情報収集の依頼を出そうとした。

 だがアルトは既に教皇庁の危険因子No7に指定され、排除命令が下されていた。


 ギルドに依頼を出すのは危険だ。

 なのでリオンは一人で捜索を続けることにした。


(師匠、絶対に生きてろよ)

(いつかひょっこり現れて、俺にめたくそ罵倒されやがれ!!)


 リオンの願いは、しかし叶わなかった。


 ユーフォニア近郊の捜索は、すぐに終わった。

 しかしアルトは見つからなかった。

 ならば残るは、遠出するしかない。


 アルトがいる可能性が最も高いのは、レアティス山脈の向こう側――アヌトリア帝国だ。

 だが、そこに向かうとかなり時間がかかる。


 捜索に向かって、途中ですれ違う可能性を思うと、身動きが取れない。

 だから、リオンは宿でじっとアルトの帰還を待った。


 いつか戻ってくるアルトと一緒に、ルゥの弔いをするために……。


 幸い、待つのには慣れている。

 神代戦争が終わり、ヴァンパイアとして捕縛されたリオンは、監獄の中で何十年も脱獄する隙が出来るのを待ち続けた。


 脱獄してからリオンは、ヴァンパイアが受け入れられる時代が来るのを、1500年以上じっと待ち続けた。


 だから、数年待つくらいなら、なんてことはない。

 諦めるのは、アルトの寿命が尽きるだろう100年が経ってからでも遅くはない。




 来る日も来る日も、リオンはベッドで眠り続ける生活を続けた。

 ふける夜も、明くる朝も、気温の下がる冬も、上がる夏も、ただひたすらアルトを待ち続けた。


 だが、アルトは帰って来ない。

 いつまでも、アルトは帰って来なかった。



 リオンがキレたのは、突然だった。

 なんの脈絡もなく立ち上がり、「うがぁぁぁぁぁ!!」と宿中に響く大声を上げ、地団駄を踏んで顔を何度も平手で叩いた。


「なにやってんだよ俺! これじゃ前と同じだろうが! いつまで前と同じことを続けるつもりなんだよ!! 一体、俺は師匠から何を習ったんだよ……。

 思い出せよリオン! 俺は勇者だろ? 勇者っていうのは、手に入れたいものをすべてつかみ取る。貪欲な存在なんだ!!」


 俺は千葉道場の佐那じゃない。

 勇者の中の勇者、リオン・フォン・ドラゴンナイトだ!

 待ち続けるなんて、まっぴらごめんだぜ!


「っふん。いいぜ、こっちから会いに行ってやるよ。会いに行って、ぶっとばしてやる! いつまで勇者の俺を待たせるつもりなんだよってな!

 そうだよ、そうしよう!! すれ違いがなんだ。すれ違ったって、その後ろを付いて行けばいいだろ!!

 何度すれ違おうと、何度拒まれようと、何度逃げられようと、師匠が死ぬまで、その背中を追い続けるんだよ!!」


 うわぁぁぁん、と大声を出しながら、リオンはルゥの核を胸に抱いて外に飛び出した。

 道行く人達が驚愕に目を見開いても、リオンは気にしない。


 だって勇者なのだから。

 勇者は衆目を集めるものなのだ。




 ユーフォニアの副都を出たころ、リオンの怒りがようやく収まった。

 勢いに任せて核だけを手にしたまま宿を出てきてしまった。


 宿にアルトの鞄を忘れてきてしまった。


「まあ、あれはあのままで良いか」


 あれはいつか、元の場所に戻るための道しるべだ。

 自らの頬に活を入れ、リオンは北に向かって歩き出した。


 そこにアルトがいるかどうかはわからない。

 だが、ネガティブなことなど頭に浮かばない。

 浮かぶような上等な頭はない。


 だからこそ、リオンはどんなときでも前を向ける。

 どんな道でも、歩いて行ける。


「さあ、行くぞ!」


 いざ、目的地のアヌトリア帝国へ――。



 前を向いて歩き出したリオンの前に、とある人物が現れる。

 それがリオンにとって、一筋の光明となった。


 待ってろ、師匠。

 勇者からは、絶対に逃れられないんだからな!

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