第120話 未来のアヌトリアは……

 不意に、アルトは強い悪寒を感じてぶるっと体を震わせた。


「〈危機察知〉が反応した?」


 しかし森の中を隈無く確認するが、魔物の気配一つない。

 ここは帝都イシュトマの森の中だ。そうそう魔物など現れない。


「じゃああの悪寒は一体……」


 そろそろ雪が降る季節だ。

 秋風にやられて風邪でも引いただろうか。

 震える体をさすりながら、アルトは歩みを再開した。


 アルトが歩く道は、ルミネに続いている。

 ルミネ――瀕死のアルトを助け、追い出したエルフの街だ。


 アルトがこの道を歩いているのは、ダグラの指示があったから。

 武器製作を行っていたアルトに、突然ダグラがルミネとの折衝の話を持ちかけてきた。


 ダグラが長を務める武具製作ギルドは、帝国に武具を卸している。

 その武具は、普通の武具ではない。


 ドワーフは性能の良い武具を作り、それにエルフが特殊術式である〈刻印〉を施した特殊な力が宿る武具――つまり、魔武具だ。


 ユーフォニア王国では、魔武具などほとんど手に入らない。

 フルセットで装備できる者ともなると、せいぜい12将くらいなものだろう。


 魔武具は通常の武具よりも遙かに強力だ。

 たとえば、アルトが装備していた龍牙の短剣がそうだった。


 龍牙の短剣には、腕力が500上乗せされる効果が付いていた。

 これがあるのとないのとでは、戦力に相当の差が生じる。


 それをギルドは帝国に、定期的に複数個納品している。

 どれくらいの期間、魔武具の納品を行って来たかはわからない。

 もし長年行って来たのだとすると、帝国は一般兵ですら魔武具を装備している可能性が高い。


「そんなに戦力を引き上げてどうするつもりなんだろう……」


 戦争でも起こすつもりか?

 一瞬考えて、すぐに否定する。


 帝国の相手になるのは、因縁の相手であるユーフォニア王国の可能性が高い。

 しかし、ユーフォニアと戦おうとすると、いくつもの難題をクリアしなければならない。


 まず、まっすぐ進軍すると、レアティス山脈にぶつかる。

 レアティス山脈は越えられないので、迂回しなければならない。


 しかし、迂回するとなると、隣国を跨ぐことになる。


 西にはミストル連邦国とセレネ皇国が隣接している。


 ミストルは圧倒的な兵数を誇る連邦国家だ。下手に進軍すれば、圧倒的物量で押し返される。


 セレネにはフォルテミス教の総本山がある。

 もし領土内を行軍しようものなら、世界が敵に回るだろう。

 セレネは武力を持たないが、だからといって下手に制圧しようとすれば、神に介入されかねない。


 東に隣接しているのは商人の国ケツァム中立国。

 もし相手取れば、世界中に散らばる商業ギルドからの強力な経済制裁が待っているだろう。


 どの国も、経済は命綱だ。

 下手に刺激して経済が止まれば、帝国は内部から瓦解する。


 アヌトリア帝国は実質的に、ユーフォニア攻めが封じられている。

 逆もまたしかり。


 そのためどれほどの武力を持とうとも、それが日の目を浴びることはそうそうにない。


「――っ! そういえば、今から二年後くらいに、帝国はフォルテミス教から制裁を受けてたっけ」


 思い出すと、アルトの全身からさっと血の気が引いた。


 当時は原因がわからなかったが、間違いない。この武力強化が征伐の理由だ。


 他国よりも著しく武力を強化したために、フォルテミス教に危険視されたのだ。

 征伐の結果、皇帝が処刑。そこから数十年、貴族の権力闘争による内乱が絶えない国になった。


 結局のところ、アヌトリア帝国はどの国に対しても、武力行使をしなかった。

 征伐が行われた時も、無血開城に近い形でフォルテミス教の使者を受け入れたはずだ。


 だからこそ、謎が多い。


「なんで武力をそこまで強化してるんだろう?」


 他国とのバランスが崩れるほどの武力強化を行えば、正義を司るフォルテミス教が黙っていない。

 それがわからない皇帝ではあるまい。


 なぜならアヌトリア帝国皇帝は、すでにフォルテミス教が危険視している――教皇庁指定危険因子No6だからだ。


「今から二年後、か。ダグラさんたちを帝国外に逃がした方がいいのかな……」


 二年など、あっという間だ。

 戦渦に巻き込まれはしないだろうが、フォルテミス教が介入すれば、それまであった自由を失う可能性がある。


 様子を見るべきか、今すぐ逃がすべきか。

 しかしいま、ダグラたちを国外に逃がすまっとうな理由がない。


「うーん……」

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