第121話 この世に生まれた理由1
いろいろ考えているうちに、ルミネに到着した。
アルトは持ち込んだ荷物を、エルフの工房に運び込む。
荷車で引いてきた木箱の中には、武器が種類毎に5本ずつ。それと主に兵士が装備するのだろう、規格が同じで、サイズ違いの鎧が10領入っている。
アルトは息を切らしながら荷車から木箱を降ろす。
「このくらいの荷物なら簡単に持てそうだったんだけどなあ。しばらく鍛えてないから、筋力が低下したかな?」
木箱を渡すと、今度は〈刻印〉済みの武具――魔武具が入った木箱を荷台に積み込む。
その荷車を引いて、ドワーフの街に帰る。
これがダグラに頼まれた仕事だ。
(エルフ式の〈術式制作〉が見たいんだけどなあ)
工房の外側から内部をちらちらを眺めるけれど、仕事風景がよく見えない。
もっと奥に入って作業を眺めたいが、踏み込みすぎると怒られそうだ。
エルフたちから、ピリピリした雰囲気を感じる。
(門外不出の技術だから、あまり見られたくないんだろうな)
あまりその場に居座りすぎて怒られても面白くない。
後ろ髪がぐいぐい引かれつつ、アルトはドワーフの街へと引き返していった。
荷運びを行うようになってから2ヶ月目のことだった。
エルフ側の作業が初めて停滞した。
納品した武具がまったくの手つかずだったのだ。
「困ったな……」
ダグラに仕事を任された手前、荷台が空っぽのまま帰るわけにはいかない。
アルトは意を決して、担当者と思われるエルフの男性に声をかけた。
「すみません。何故この武具は〈刻印〉がされてないんですか?」
「できないから、やらなかった」
「何故できないんですか? いままでは出来ていましたよね?」
「……くっ、黙れ! 我々の仕事に人間如きが首を出すな!!」
怒られてしまった。
けれど、相手からはあまり威圧感を感じない。
心は必ず、態度に現われる。
威圧感が無かったのは、エルフもこれはマズいことだと思っているためだ。
(なにか、予想外の問題でも発生したのかな?)
エルフは極度の人間嫌いだ。
そのため彼らの問題に軽々しく首を突っ込めない。
たとえアルトなら簡単に解決できるような問題だとしても、だ。
なのでアルトはひとまず、ダグラの指示を仰ぐことにするのだった。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
それはまだ、ちいさな種子としてこの地に生を受けた。
種子――魂は、やがて大きな木になって、次の命を実らせる。
果実を食べた鳥たちは、遠くの大地に種子を運ぶ。
新たな大地――別の星で、種子は芽吹いて根を下ろす。
それがこの世界の、魂のサイクルだった。
しかし、そのちいさな種子は違った。
別の星で、発芽せずに深い眠りに就いた。
――親の愛情を受けられず、死んでしまった種子だ。
だからそれは、愛情に飢えていた。
愛が欲しかった。
ただ愛されたかった。
水を求めて砂漠を彷徨う旅人のように、それはただただ、愛だけを求めていた。
その種子が再び生を受けたのは、ある森の近くのことだった。
種子の前には、人間がいた。
種子はそれを見て、すぐに親近感を抱いた。
(にんげんだ!)
喜び近づき、人間の体に飛び乗った。
だが、人間は反応しない。
よく観察すると、その人には意識がなかった。
(ねえねえ、なんでうごかないの?)
(いたいの? くるしいの? つらいの?)
(……だいじょうぶ?)
(ねえ――)
(きええないで)
(いかないで)
(さみしいよ)
(ひとりは、いやだよ……)
種子は、人間を生かすべく行動する。
辺りには、種子を狙う魔物が無数存在した。
生まれたばかりの種子が、単独で行動するのは非常に危険だ。
だがその危険を顧みず、種子は動いた。
自分が死ぬよりも、自分以外の誰かが死ぬ方が、辛いから。
森の中で見つけた水たまりの水を、綺麗に浄化し、頭に乗せた。
(水を飲めば元気になる!)
元気になると信じて、種子は必死の思いで水を運んだ。
森を抜けて、人間まであと少しという時だった。
種子の背後から、魔物が迫って来た。
(たすけなきゃ)
(あのひとを)
(ぼくがたすけなきゃ!)
種子は必死に祈る。
たとえ自分の命がどうなろうとも、この水が、人間の口元に届くように、と。
その願いが通じたか。
魔物の牙が、種子に届くことはなかった。
人間が目を覚まし、種子を守ってくれたのだ。
それが、種子――ルゥと主人の初めての出会いだった。
ルゥと名付けられた種子は、主人アルトにたいそう大切に育てられた。
体を揺すると頭を撫でてくれるし、寂しくて体をよじ登るとぎゅっと抱きしめてくれる。
その温もりをもっと感じたい。
褒めてもらいたい。
撫でてもらいたい。
抱きしめてもらいたい。
ルゥはアルトが喜ぶことを、積極的に行った。
それは決してアルトのためではなく、自分の欲求を満たすための行為であった。
魔石を集めて渡すと、アルトが頭を撫でてくれる。
鞄に忍び込んでも、アルトは怒ることなく抱きしめてくれる。
(ご主人さま、ご主人さま!)
嬉しくて、体が勝手ににょんにょんと動き出す。
ルゥは、幸せだった。
『幸せ』という感情を、この世界でやっと、実感できたのだった。
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