第219話 ひれ伏す二人と立ち尽くす一人

明けましておめでとうございます。

本年も、どうぞ宜しくお願いいたします。



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「あとはアレやなぁ。〝大切なもん〟があるかないか、確認しに来たんやけど、それがどないやったか、忘れてもうてな」


 シズカの視線がアルトに向けられた。

 歓喜なのか赫怒なのか、強い意志が籠もった視線に、アルトの喉が詰まる。


 しかしそれも一瞬のこと。

 シズカはマギカを見て目尻を垂らし、甘い声を出した。


「ほんでぇ、マギカは今日はどないしたん?」

「実は――」


 マギカが外で自分がやらかした事実を打ち明ける。

 怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、予想外にもシズカは愉しそうに目を細めた。


「マギカはアホやなぁ。迷宮を封鎖しとったんは今日だけやったんよ? 明日になれば普通に入れたんに」

「アルトが――」

「はぇ!?」


 急に責任転嫁され、アルトの精神がギチリと音を立てた。


「ほぅん」


 すぅ、と細まったシズカの目がアルトを射貫く。

 非常に居心地が悪い。


 シズカがアルトを見ていたのは、5秒にも満たなかっただろう。

 だがアルトにはそれが何分にも感じられた。


「マギカが付いて来とるいうことは、あんさんもしかして――」


 シズカは口元をセンスで隠す。

 その目から、僅かに殺気が漏れる。

 あまりの迫力に、アルトはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「マギカと同じ道を歩んどるん?」


 マギカと同じ道とは、おそらくハンナを救うことだろう。


「……一応、そのつもりです」

「力不足やねぇ」

「――ッ」


 痛いところを突かれアルトは口ごもる。

 確かに、アルトは力不足だ。

 でもそれは今だけ。

 この迷宮で鍛えればきっと――。

 そう口を開こうとしたとき、


「ちょっとアンタなに勝手に宣ってんだよ!? 師匠の凄さを知らずになぁにが力不足だ!! 役不足のアンタはすっこんでろッ!!」


 ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!

 アルトは胸中でムンクも真っ青になるほどの悲鳴を上げた。


「ご、ごめんなさいこいつ頭おかしいので――」

「師匠、オレはなにも間違ったこと言ってないぜ!?」

「あんさん――」


 リオンを宥めて謝ろうとした矢先、シズカが静かに口を開いた。

 その静けさにドキリとして、アルトは思わず動きを止める。


「なるほどなぁ。面白い面子がそろとるねぇ、マギカ」

「……恐縮」

「ただぁ……そやね、あんさんも力不足やねぇ」

「だ・か・ら! どこが力不足なんだよ!? オレは勇者だぞ!? 力は有り余ってるぜ!!」


 エッヘン!

 リオンが胸を張る。


 無知は罪とはよく言うが、死罪になった試しはないはずである。

 ……これまでは。


 もうやめて!

 頭を抱えて泣き喚きたい。

 だがそうすることが、すぐに出来なくなる。


 一瞬にして雰囲気が変わったシズカに、アルトも、それにリオンさえも呑まれてしまった。


「ほなら、試してもええな?」

「……い、いいぜ。来なよ。ここ、こっちが試してやろうじゃんか! 泣きを見るのはアンタだからな!!」

「元気やなぁ。あんさんもやで? マギカ。旅でどんだけ力つけたか。もし抵抗出来なければ、すこぉし鍛え直さなあかんからなぁ」


 鍛え直すと聞いたマギカの顔から、さっと血の気が引いた。

 いつも無表情のマギカが青ざめるなんて……。

 あまり見たことの無いマギカの表情に、アルトはさらに恐れ戦いた。


「手始めに、せやなぁ。マキア・エクステート・テロル。リオン。アルト。命令や。今すぐひれ伏しなはれ」


 彼女が命令を口にしたとき、突如変化が起る。

 マギカもリオンも、同時に額を床にこすりつけたのだ。

 アルトも、まったく動けない。


 一体、彼女はなにをしたんだ!?

 魔術か?

 しかしこんな魔術、聞いた事も見たこともない!


「ほんに、ウチの命令に逆らえないとは。リオンとやらは口だけは達者なようやねぇ」

「な、なにおぅ……」

「マギカも。ずいぶん鍛えたようやけど、まだまだ」

「……っく」

「…………して、あんさんは何故立っとるん!?」


 アルトを見たシズカが目を丸くした。


「い、いえ。その……動けませんけど」

「動けるちゃうわ! なんでひれ伏さへんねん!?」

「え? ええと……」


 先ほどまで妖艶な女性のように感じていた口調が、突然だだをこねる小学生のように変化した。

 あれぇ? イメージと違うぞ?


「ほらアルト!命令やで!ひれ伏せ!!」

「いえ、ひれ伏せと言われても……あ、リオンやマギカみたいに土下座すれば良いんですか?」

「ちゃうわ!アホー!!」


 シズカが足の裏で地面をスタンプする。

 えいえいえいっ! そんな声が聞こえてくるような態度だが、地面がぐらぐら揺れるほどの力が込められている。


 ひえぇ……。

 踏まれただけで塵になりそうだ。

 その地団駄の力強さにアルトは身震いした。


「もしや、あんたぁ! 嘘ついとるな!? ええわええわ! あんたの真名を覗き見したる!! ……んー、ん? やっぱりアルトやないの? え? え?」


 ムっと口を結び、顎に手を当ててアルトを凝視する。

 彼女の言葉はさっぱり意味が分からないが、もしその断片が比喩ではなく事実であるなら……。アルトはそう仮定してみる。


 彼女が〈命令〉すると、その通りに動いてしまう。

 だが〈命令〉をするためには、名前を言わなければいけない。

 いままでマギカと呼んでいたのに、命令したときはマキア・エクステート・テロルと口にしたのはそのためだ。


 だがここへきてからまだ一度だって、シズカの前ではリオンの名前を口にしてはいない。

 おそらく『真名を覗き見したる』という言葉の通り、何らかの方法で彼女は人の名前を見ることが出来るのだろう。


 だが、彼女がアルトに〈命令〉できない理由が分からない。


(……もしこれが魔〝法〟なら)


 そう思い、アルトはステータスを表示してログを確認すると――

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