第27話 魔石売却
意識が戻ったアルトはすぐさま辺りを確認する。
「……ほっ、よかった。みんな無事だ」
マギカとルゥの姿を見て、アルトは安堵の息を吐いた。
マギカはまだ眠っている。時々耳がピピピッと動いているが、目が覚める気配を感じない。
同じくルゥも動いていない。
(もしかしてルゥもレベルアップ酔いに罹ったのかな?)
ルゥが鬼を食べたとき、まだ鬼は死にかけだったのだ。
スライムの消化でとどめを刺して、一気にレベルが上がったのだろう。
アルトが眠っている間に、魔物が何匹か〈グレイブ〉に落ちたようだ。魔石が数個落ちている。
「そういえば、劣等鬼は〈グレイブ〉に落ちたのに、プラントオーガは落ちなかったな……」
アルトは毎回狙って〈グレイブ〉を使っている。
狙いを外した可能性は低い。
「となると、レベルが高い相手だと〈グレイブ〉にかからなくなるのかな」
〈グレイブ〉はアルトの切り札だ。
その使い勝手の良さから、アルトはこれを万能スキルだと考えていた。
しかし、レベルが高い相手だと発動しなくなるのだとすると問題だ。
「あの魔術士に通じない可能性があるのか……」
アルトはむんずと腕を組む。
これが〈工作〉の熟練度か、〈グレイブ〉のレベルを上げて解消出来るならば良い。
しかしもし、解消出来なかったら問題だ。
黒衣の魔術師を含め、落とし穴が通用しない相手が現れた場合、アルトは切り札がない状態で戦わなければならない。
「今から対処法を考えておかないとなあ」
戦闘の分析を終え、アルトはマギカを起こす。
マギカは少し気だるい声を上げながらも、すぐに上体を起こした。
「どれくらい眠ってた?」
「さあ? 一刻も経ってないと思う」
「……そう」
鞄から水を取り出してマギカに渡す。
「レベルアップ酔い、久しぶり。もう、上がらないと思ってた」
体重や年齢と同じように、レベルを聞くのはマナー違反だ。
マギカがどれくらいのレベルなのか気になったが、アルトはなんとか質問を飲み込んだ。
「アルト、一つ聞きたい」
「ん?」
「アルトは魔術が得意。違う?」
「そうだね」
「じゃあ、どうして短剣で戦ってた? 最初から魔術を使えば、シャドウストーカーになんて苦戦しなかった」
マギカがこてんと首を傾げた。
彼女の言う通り、アルトが最も得意なものは魔術だ。
おそらく、初めから魔術を使っていれば、60階くらいの魔物でも余裕を持って退けられるだろう。
しかし、それでは駄目なのだ。
「魔術だけを鍛えても、応用力がなくなっちゃうからね。どんな状況でも戦えるようになるために、得意技を封印して鍛えてるんだよ」
現時点で魔術を使った方が、素早くレベルが上昇する。
しかし最終的には、魔術を使った場合とそうでない場合とで、レベルの差はあまり開かない。
レベルは高くなればなるほど、上がり難くなるからだ。
なのでレベルよりも、戦闘に関係するスキルの熟練度を優先した方が良い。
熟練度は、対等かそれ以上の相手と戦った時が、最も効率良く上がる。
もし、はやくレベルを上げてしまうと、弱いスキルで強い魔物と戦わなければならない。
今よりも、遥かに危険な戦闘を行わなければ、熟練上げの効率が落ちてしまうのだ。
アルトが将来戦う相手は、ユーフォニア一番の魔術士だ。
それを相手に、アルトが魔術で戦っても勝ち目は薄い。
ならば、搦め手で挑むべきだ。
相手は魔術一筋だからこそ、つけ込む隙がある。
アルトの答えに、しかしマギカはきょとんと目を瞬かせた。
「得意技だけを鍛えた方が、絶対強い」
「うーん。山の高さは裾野で決まるよね? 低い山は裾野が狭い。逆に高い山は裾野が広い。裾野が広ければ広い程、山は高くなっていく。
つまりさ、どんなトレーニングをしても、得意技にとって絶対無駄にはならないってことなんだよ。一見すると余計に思えたり、全然関係ない技術でも、いつか戦闘で役に立つこともある……と僕は考えてる」
アルトのそれは、実体験に基づいた意見だ。
前世での70年間。アルトは最後の瞬間まで戦い抜いた。
その間、まるで予期せぬ技術のリンクに助けられたことが、何度もあった。
「強くなるためには、何でも積極的に吸収しないとね。人生に、無駄なことは、なにもないんだから」
アルトの言葉に、マギカが神妙な面持ちで頷いたのだった。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
地上に戻ったとき、既に日は暮れていた。
だいたい迷宮に潜っていたのは10~12時間ほどか。
その間、7~8時間ほども移動に時間を費やしているので、かなり効率が悪い。
「せめてもう少し上の層で強い敵が現れてくれれば良いのになぁ……」
ぼやきながらギルドに向かい、一番空いているカウンターに並ぶ。
日が暮れると冒険者がぼちぼち帰還する時間だ。そのため、ギルドも人がごった返している。
あるものは売り払った魔石の価格に激怒し、あるものは貨幣袋の中身を仲間と覗き込んで笑いあっている。
きっと彼らが手にした貨幣は全部、今夜の酒代に消えるのだろう。
宵越しの金は持たない。それが冒険者の生き様である。
「迷宮内で一泊して朝に帰ってくればよかった」
冒険者特有の汗と脂と土と血の臭いが充満していて、胸焼けがしてくる。
一度帰ろうか本気で悩んでいる間に、アルトの番がやってきた。
「あっ」
「げえっ!」
受付はあの刺客の青年だった。
アルトの顔を見た途端に、あからさまに嫌な顔をした。
(自分から襲って来たのに、酷くない?)
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「魔石の買い取りをお願いいたします」
鞄から魔石を取り出していく。上層での狩りが少なかったため、サイズの小さいものが少ない。その代わり、中から大にかけてが少し多く手に入った。
極めつけが、植物鬼の魔石。
これをカウンターに出したとき、青年の顔が思い切り引きつった。
「あの……これは?」
「異種から出たものです。もちろん、彼女が倒したんですよ?」
再びアルトは嘘を吐く。
その言葉に、背後から音もなく現れたマギカがアルトのふくらはぎを蹴り上げた。鈍い痛みが脳天まで付き上がる。
実際倒したのはアルトで、とどめを刺したのはルゥだ。
マギカは一番長く戦ったが、ピンチに陥ってしまった。
だからか、アルトの嘘が彼女の自尊心を大きく傷つけてしまったようだ。
『倒したのはアンタでしょ』
そんな言葉が聞こえてくるような、強烈な蹴りであった。
籠に入れた魔石と、籠に入りきらない魔石を抱えて、受付が一度カウンターを離れた。
「またズルするかも」
「それはないんじゃない?」
マギカの耳打ちにアルトは思わず苦笑した。
昨日の今日だ。さすがにギルド職員という肩書きのある人物が、懲りずに同じ事をやるとはアルトには思えなかった。
「頂いた魔石ですが、査定がこちらでございます」
彼は細かい数字が書かれた竹紙を取り出した。
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