第26話 成長痛

 マギカが宝具を発動した姿を見て、アルトはギョッとした。


(そんな、まさかっ!)


 宝具は、フォルテルニアの神6柱が生み出した神器だ。

 世界でも数えるほどしか存在しない。

 非常に希有な武具である。


 その宝具をマギカが持っているとは、アルトは想像もしていなかった。


(そっか。だからあの鉄拳には〈鑑定〉が通じなかったのか)

(ということはマギカは……いや、でも……)


 数えるほどしか存在しない――それはつまり、持ち主の特定が可能だということだ。

 アルトは拳型の宝具について、前世で情報を得ていた。

 その持ち主の素性も。


(もし僕が知ってる人なら……)


 ――マギカは七年後に、死亡する。


(って、今はそんなことを考えてる場合じゃない!)


 アルトは素早く意識を切り替える。

 戦闘が始まってからずっと、練りに練って凝縮し、魔力をじゃぶじゃぶつぎ込んだ〈熱魔術〉を、プラントオーガ目がけて撃ち放った。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □


「……?」


 諦めたマギカの眼前を、小さな火がす――っと通り抜けた。

 その火が鬼の胸に飲み込まれ、消える。


 今のはアルトの魔術だ。

 だが微少の炎程度では、鬼に損害を与えられるとは思えなかった。

 拳を振り上げた鬼は拳を振り上げて――、


「ん……?」


 しかし、鬼は一向に動かない。

 硬直が終わり、即座にマギカはバックステップする。


 鬼は拳を振り上げたまま動かない。

 動く気配がない。

 マギカがじっと鬼の動向を探っていると、地面をやや水色の透明な塊が移動していた。

 スライムのルゥだ。

 ルゥが鬼にどんどんと近づいていく。


「危ない!」


 声を上げるが、間に合わない。

 鬼の足下にたどり付いたルゥは、その鬼の足で無残に潰され――――はせずに、逆に鬼をまるごと飲み込んでしまった。


「ありゃ。いいとこ取られちゃったなぁ」


 アルトがのんきな声を出した。


「…………どういうこと?」

「うん?」

「鬼は? なんで止まったの?」

「死んだからじゃない?」

「えっ?」

「……ん?」


 アルトとマギカが互いに見つめ合う。


「死んだ?」

「うん。さっきの魔術を受けて動きが止まったでしょ? だからたぶん死んだんだと思うよ」

「魔術……あの小さい火?」

「そう」

「そ――」


 そんな馬鹿は話があるか。

 宝具を受けても死ななかったのに。あの程度の魔術で鬼が倒せるはずがない!


 反論が喉元までせり上がる。

 だがそれをぐっと飲み込み、マギカは頭を働かせた。


 マギカを確実に叩き潰せる位置にあったのに、鬼は攻撃をしなかった。

 鬼側に何かあったのは自明だ。


(本当に、死んだ? ……でも、あの小さい火だけで、どうして?)


 混乱するマギカの目の前で、鬼を飲み込んだルゥがみるみる元のサイズまで萎んでいく。

 もにょもにょと体を動かすと、プイッと巨大な魔石を吐き出した。


 これはもう、疑う余地がない。

 あの鬼は、正体不明のアルトの魔術で倒されたのだ。


 世界最強武器の一つ――宝具を用いておきながら、マギカは鬼を倒せなかった。

 全力を尽くしても、アルトの小さな熱魔術一つに勝てなかったのだ。


(宝具を使ったのに……アルトに負けた)


 疲労と敗北感に、マギカはがくりと腰を落とした。




 師匠を超えた時、マギカは師匠から宝具『ステラ』を譲り受けた。

 この瞬間、マギカは神の敵になった。


 しかしながら、神は静観を決め込んだ。

 神はマギカに、運命を変える力がないと判断したのだ。


 沈黙を続ける神の判断は、正しかった。


 マギカはプラントオーガが倒せなかった。

 あまつさえ、子どもに命を救われた。


 この程度の者を、神が本気で排除するはずがない。

 注視はするが、放っておけば勝手に死ぬ――マギカの力など、その程度なのだ。


 マギカは『ステラ』を手にしてから十余年、力の壁に抗い続けた。

 新たな試練が現われる度に、壁の突破を試みた。

 その先に、真の強さがあると信じて……。


 けれど結局はいつも同じ。

 分厚い壁に敗北し、マギカは膝を屈するのだ。


(もう、どうすれば……)


 マギカが諦めかけたその時だった。

 体中に、久しく感じぬ強い熱を感じたのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



(うーん。焦らなきゃ勝ててたと思うんだけど、なんで焦っちゃったんだろう?)


 マギカはプラントオーガ相手に、互角か僅かに勝るほどの戦闘を見せた。


 基礎はマギカが上。

 敏捷性を生かし、焦らずに相手の体力を削っていけば、間違いなく完封出来た。


 そもそもマギカが、アルトの知っている人物ならば、プラントオーガ程度には決して負けない強さを持っている。


 なのに、彼女はミスをした。


 焦って勝負所を間違えたせいだ。

 その誤りは、戦場では致命的だった。


 今回出現したプラントオーガは、敏捷力・魔力・精神力のほとんどを犠牲にして、筋力と体力を最大限引き出した個体だった。


 マギカの拳が放ったスキルを、プラントオーガは全力で耐えた。

 後方にあえて飛ぶことで、その威力を受け流した。


 もし普通の魔物が相手だったなら、受け流すこともできずに肉塊に早変わりしただろう。マギカの一撃には、それほどの威力があった。

 だが、体力を引き上げ、防御態勢を取り、攻撃を受け流してみせたプラントオーガの命は削りきれなかった。


 プラントオーガは足下に触手を伸ばし、吹き飛ばされた後に触手を引っ張ることで即座に復帰した。

 敏捷性の低さを、技量でカバーしたのだ。


 間合いに入られたマギカは、大技発動による硬直で身動きが取れなかった。

 アルトが〈|極小の焦熱(マイクロフレア)〉を放っていなければ、マギカはプラントオーガの攻撃によって死んでいただろう。


 魔術の一撃で倒せた理由は、プラントオーガの弱点が〈熱魔術〉だったためだ。


 筋力と体力を増強するために、プラントオーガは魔力や精神力を棄てた。つまり、魔術耐性がほぼゼロに等しい状態になっていた。


〈極小の焦熱〉を受けたプラントオーガは、一瞬にして中身が炭化したのだった。


(魔術耐性ゼロで魔術を受けるとああなるのか……)


 ぞっとするアルトだった。


 ルゥが吐き出した魔石を回収すると、アルトの全身に激しい倦怠感が襲った。

 それはどうもマギカにも起こったようで、彼女は腰を落としてぐったりしている。


 アルトは素早くマギカを抱え、壁際に移動。

 背中を預けて腰を下ろし、部屋全体に全魔力を投じて〈グレイブ〉を設置した。


(ぐっ! この成長痛は、耐えられない、か……)


 ダンジョンで意識を失うのは危険だ。いつ魔物に襲われるかわからない。

 しかし尋常ではない痛みによって、アルトは意識を失ってしまった。

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