第25話 アーティファクト
現れた異種を目の当たりにし、マギカの脳内で警鐘ががんがん鳴らされる。
相手は自分よりも遥か格上の相手だ。
こんな相手に出会った場合、普段のマギカならばしっぽを巻いて逃げている。
だが、今回は立ち向かおうとしていた。
何故かなど、考えるまでもない。
変態的な集中力を持ち、変態的な執着心を持ち、変態的な向上心を持ち、変態的な想像力を発揮する――途方もない馬鹿の熱に当てられたからだ。
(普通、一人でここまで魔物を倒そうとしない)
(なんで、こんな無茶をするの!?)
50層に下ったマギカは、彼の綱渡りの戦闘に戦慄した。
魔物と連戦を行えば、普通の人間ならば肉体だけでなく、精神的にも疲労する。
その疲労が、失敗に繋がる。
通常は2~3匹倒すと休憩を入れる。
たとえ格下の相手であっても、次々魔物に出会わなければ休憩するものだ。
少しの失敗が命取りになるのだから、疲れを回復させるのは当然だ。
けれど彼は、常に連続で戦い続けた。
アルトにとって、ダンジョンの魔物は遥か格下なのかといえば、決してそうではない。
初めはアサシンストーカー相手に互角に戦っていた。
マギカから見ればぎりぎりの綱の上を、彼は100回以上も渡って見せたのだ!
驚異としか言いようがない。
無謀としか評価できない。
迷宮には、彼の実力を見るためにやってきた。
彼の戦いを後ろから分析するつもりだった。
なのに、彼が戦えば戦う程、どんどん実力が見えなくなっていく。
一体彼は、どこへ向かおうとしているのか?
どこまで手を伸ばそうというのか?
そうまでしなければ、手が届かない場所なのか?
考えただけで、空恐ろしくなる。
マギカは戦士の端くれだ。
幼い頃から、英雄の右腕になるために研鑽を積んできた。
物心つく前から、同胞イチの戦士に厳しい稽古を付けられてきた。
誰よりも、努力してきた――つもりだった。
けれどアルトに出会って、上には上が居ることを知った。
天賦の才ではなく、努力で負けたと思ったのは、これが初めてのことだった。
(負けたくない)
常時、命をかけ続ける努力など、人として最も重要なものが抜け落ちている。
アルトは、決して真似してはいけない類いの人間だ。
だからといって、このままオメオメと引き下がれるマギカではなかった。
(絶対に、負けたくない!)
マギカはとても、負けず嫌いだった。
(これまでの努力は、負けた)
(それは認める)
(でも、背負ってるものは、私の方が重い!)
マギカが鉄拳を、ぐっと握りしめた。
そのときだった。
一体の魔物が通路から姿を現した。
植物に浸食されたオーガだ。
力では勝負にならない。それを、マギカは一目見て理解した。
しかし――、
「……ッ!」
マギカは全力でオーガに突っ込んだ。
オーガにしてみれば、瞬き一つで目の前にマギカが現れたように感じられたことだろう。
栗鼠族特有の高い敏捷力にものを言わせ、一撃。
瞬間、強い反動。
大岩を殴ったような感触にマギカは内心慌てた。
(くっ。体力が高い)
鬼が右手を振りかぶるのを察知し、即座に移動。
ステップ。
回り込んで、強打。
跳ね返る拳を左手で跳ね返し、瞬迅撃。
大抵の魔物はこの二発で終わる。
しかしプラントオーガはびくともしない。
ダメージを与えた感触がほとんどない。
マギカは幼い頃から体を鍛えてきた。
敏捷ほどではないが、腕力にもそこそこの自信がある。
だがそれを持ってしても、まるでダメージが通らない。
これほど彼我に差があるのだ。
通常であれば戦意を喪失する。
しかし、マギカは笑った。
一流の戦士は激情に吞まれてはいけない。
だがこの時、マギカは体中を駆け巡る感情の渦に身を任せていた。
もっと行ける気がした。
まだ登れる気がした。
遙か彼方空高く、戦士の頂に続く道を、
マギカはこの日、初めて捉えたのだった。
回避を行いながら連続攻撃。
――まだ!
回避、フック、ステップ、スウェー。
危機を察知し、受け流し。
一秒ごとに、マギカの精神力がごっそりと削られる。
――まだまだ!
瞬速撃、強打。
ステップ、回避、カウンター。
(まだまだ)
(まだまだまだ!!)
攻撃の音は激しさを増し、速度が上がっていく。
3連の打撃の音が、徐々に重なり、1つになる。
しかし、それでも鬼の防御が敗れない。
ムキになって攻撃を繰り返す。そのマギカの意識の合間を縫うように、プラントオーガが蔦を振り下ろす。
直撃するかと思われた蔦が、途中で空気の塊にはじき飛ばされた。
風魔術だ。
後ろを振り返ることなく、マギカはアルトの存在を意識する。
彼が魔術で攻撃を撥ね除けてくれたのは明白だ。
ありがたい、と思うと同時に、怒りが五臓六腑を突き抜ける。
(情けない……)
(子どもに助けられた)
オーガからの攻撃を、避けられなかった自分に腹を立てた。
怒りから意識が真っ赤に染まった。
(一気に決める!)
鉄拳に魔力を送り込む。徐々に鉄拳が大きくなっていく。
それは一族の宝。勇敢な戦士に与えられる武器である。
其の前には影がなく、
其の後には幻もない。
この世に遍く多くの者は、こう呼ぶだろう。
不変の武器を、その力を――。
「
解き放った拳が、あまりの速さに霞んだ。
衝突の音はただ一つ。
音さえ置き去りにする程の拳撃が9つ、同時に鬼へと叩き込まれた。
宝具を用いた最大火力の攻撃に、鬼は為す術なく吹き飛んだ。
残心した状態で、マギカは壁に激突する鬼の姿を追った。
まるで貧血を起こしたように急に視界から色が消える。
マナを半分ほど消費したためだろう、激しい倦怠感が体を襲う。
スキルの硬直が終わる、その前に、ガンガンとマギカの脳内で警鐘が鳴った。
瞬きをした直後、
「――な!?」
鬼が目の前で拳を振りかぶっていた。
(一体、いつの間に)
(何故?)
(どうして?)
(宝具が完全に入ったのに!)
多くの疑問が頭を通過し、最後に激しい敗北の念がマギカを支配した。
宝具発動による硬直が、解けない。
終わらない。
避けられない。
「――あぁ」
もう、ダメだ。
マギカの口から、絶望の息が漏れた。
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