第24話 強敵出現

 ある程度レベルが上がったことで、アサシンストーカーも一撃で倒せるようになった。そのためアルトはさらに下へ潜ることにした。


 とはいえ、現在アルトは二日分の食糧しか用意していない。

 アルトは己の集中力を自在に操れないので、狩りに没頭してしまうと食糧が尽きて飢餓に陥る可能性がある。


 実際、前世では飢餓で辛い目に遭った。

 今世でも、度々食事を忘れている。

 パッシブスキルに、《空腹耐性》なんてものがあるのはそのせいだ。


 さておき、今日のダンジョン攻略は様子見だ。

 本日中に帰還する予定である。

 うっかり狩りに没頭しないよう注意しながら、階を下っていく。


 5階ほど下に進むと、いよいよアルトの短剣でも簡単に魔物が殺せなくなってきた。


 現れるのは劣等鬼(レツサーオーガ)。レッサーなのに、とてつもなく強い。

 攻撃は、掠っただけで昏倒しそうなほど重い。

 防御力も、皮膚の下に鉄でも入っているみたいに固い。


 それだけの攻防力があって、さらに素早さも高い。

 最悪の相手だ。


 強烈な攻撃を躱し、その隙に脇腹を抉る。

 ほとんど手応えがない。

 僅かなかすり傷しか付いていない。


「ちっ」


 慌てず相手の攻撃を躱し、少しずつ削っていく。


 一度でも当たれば終わる、ギリギリの戦闘。

 その緊張感が集中力を高めていく。

 僅かな恐れと、それを上回る高揚感。


 短剣を振るい、回避。

 流して、斬って、カウンター。

 アルトはオーガの心臓を貫いた。


 絶命した劣等鬼が地面に倒れると、大粒の汗を額に浮かべたアルトは、肩で息をしながら床に尻をついた。


「はぁ……はぁ……。もうちょっと、楽に倒せると思ってたんだけどなあ」


 鞄から水を取り出し、渇いた喉を潤す。

 たった1匹でこれだ。

 少し、階層の適性レベルから外れてしまっている。


 ルゥがんにゅんにゅと移動して、アルトの前で回収してきた魔石を吐き出した。

 ルゥを優しく撫で、魔石を鞄に詰める。

 そろそろ、鞄に魔石を入れるスペースが厳しい。


「うーん、頃合いかなあ。そろそろ帰ろうと思う」

「…………そう」


 出番がなくて残念なのか、「あーうー」と言いながら机に俯せになるみたいに、マギカの耳がぱたんと倒れ込んだ。


 アルトは辺りに〈グレイブ〉を設置して、鞄から生肉を取り出す。

 塩と香草を振りかけて、〈ヒート〉でじっくりあぶっていく。

 肉の匂いを感じたか、ルゥがふるふると体を揺らしながら、焼ける肉を眺めている。

 マギカも相変わらず無表情だが、尻尾が「いやっっほぅぅぅぅ!!」と言うかのように踊り出した。


 仕上がったところで、肉を木皿に盛りつけ1人と1匹に差し出した。

 マギカはフォークを突き刺して、肉を少しずつ頬張っていく。

 ルゥは体ごと皿を飲み込み肉をぺろりと平らげた。


 匂いに釣られた劣等鬼が、猛スピードでアルトらに近づいてくる。

 しかしアルトは辺りに〈グレイブ〉をセットしている。その穴に、劣等鬼がすとーん、すとーんと落ちて行く。


 落ちる瞬間の「あ”あ”ぁぁぁぁ」という悲しげな声が響き渡るなか、アルト達は食を進める。

 中に落ちた鬼はもちろんアルトがおいしく(経験を)いただいた。


 食事を終えて後片付けをした頃、不意にマギカの耳がひくひくと動き出した。


(どうしたのかな?)


 首を傾げると、すぐにアルトもその異変を察知した。


「…………逃げよう」


 アルトは即座に口にした。

 肉の匂いに釣られたのか、大物がこちらに迫っている気配を感じる。

 だがマギカは首を振る。


「私が戦う」

「えっ、いや、でも……」


 迫る気配は《気配察知》だけでなく、《危機察知》にも引っかかっている。その警鐘の強さからいって、アルトよりも数段強い相手だ。


 ルゥは既に鞄の中に隠れてしまった。判断が早い。


 マギカも、相手の気配の強さが理解できているはずだ。

 耳はせわしなく動き、しっぽの毛が逆立っている。

 なのに引く様子はない。


 これ以上押し問答をしても、時間を無駄にするだけだ。

 ここで取れる選択は二つ。

 一緒に戦うか、一人で逃げるか……だ。


 自分の命可愛さに、マギカを見捨てられるアルトではない。

 アルトは「はぁ」とため息を吐き、短剣を鞘から抜いた。


 部屋の一番奥。

 通路から、ぬる……と闇が這い出てきた。

 瞬間、アルトの背筋に悪寒が走った。

 同時に、諦観する。


(あ、これ、駄目な奴だ)


 緑色のオーガと、それを包み混むような漆黒の蔦。

 オーガには生気がなく、ほとんど皮だけになっている。


 蔦の魔物に取り込まれし鬼(プランテクス・オーガ)。


 蔦は魔物に寄生する魔物だ。

 生息域は下層だが、蔦そのものは非常に弱い。だが、他の魔物に寄生すると、一気に化ける。


 力は寄生主によって変化する。この蔦の恐ろしい点は、寄生主の安全装置(リミット)を無視して操るところだ。


 蔦は寄生主が壊れようが、死んでしまおうが関係ない。

 寄生主の通常時を遥かに超える力を引き出し、人間に襲いかかってくる。


 寄生されているのは、劣等種ではないオーガだ。

 固定形(ボス)なら60層、徘徊型なら70層から下に生息している。


 アルトも前世で、オーガと対峙したことがある。

 その当時、レベルが99と上限に達していたにも拘らず、決して軽くない怪我を負ってしまった。

 オーガとは、それほどの強力な相手である。


 なのに、さらにプラントが寄生している。寄生して、オーガのリミッターを外している。


(これは、悪魔と同等のレベルだろうなあ……)


 悪魔は低級でさえ、☆1や2の人間では歯が立たない。

 魔物の最上位に君臨する、人類の敵である。


「逃げる?」

「無理(ヤダ)」

「ですよねぇ」


 なんでそこまでマギカは頑ななのか、アルトには理解出来なかった。


(余裕を見せてる場合じゃない……か)


 再びため息を吐いて、アルトは抜いた短剣を鞘に戻した。

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