第28話 罪を憎んで人を憎まず

 小:135個=銀貨13枚、銅貨50枚

 中:274個=金貨 1枚、銀貨37枚

 大:103個=金貨 1枚、銀貨 3枚

 特大:1個=金貨10枚

 合計金貨12枚、銀貨53枚、銅貨50枚也


「いかがでしょうか?」


 査定額を紙に書いて、それを相手に見せることで他人に金額が盗聴されることを防いでいるのだ。


「大丈夫です。これでお願いします」

「はい。ではこちらにサインをお願いいたします」


(おお、サインまで貰うようになったのか……)


 アルトは関心して、一筆書きで名前を書き込む。

 少しして、受付が貨幣袋を持ってやってきた。


「このたびは誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 差し出された貨幣袋を持ち上げ、その場を立ち去ろうとしたアルトは、ふと足を止める。


(うーん。なにか引っかかるんだよなぁ……)


「あの、確認してよろしいでしょうか?」

「……はい?」

「袋の中身を確認したいのですが」

「え、ええどうぞ」


 カウンターに貨幣袋を乗せて中を覗き込む。


 中には金貨12枚、銀貨53枚、銅貨50枚が間違いなく収まっていた。

 念のために、アルトは貨幣を〈鑑定〉する。

 いずれの貨幣も、本物と判定された。


「念のために、鑑定書をもう一度見せていただけますか?」

「いえ、先ほどの紙は既に廃棄してしまいまして……」

「どうして廃棄するんですか?」

「え?」

「だって、もし入ってるお金が実際と違うって文句を言われたときに、証拠になるじゃないですか」

「そ、そういう文句を言う方がいるとは思いませんでしたので」

「言う可能性は十分あると思いますよ。キノトグリスの迷宮に来る人達が、みんなフォルテミス教徒だとは限りませんから」


(……と、説教するために確認してるわけじゃない)


 アルトは首を振って思考を切り替える。


 先ほど見た鑑定書だが、一般的な手順では、お金を受け取るときにサインを入れる。あるいは、二枚用意してサインした後に、鑑定書一枚とお金を渡す。


 アルトの違和感の正体は、この手順の違いにある。

 また、鑑定書にも違和感を覚えた。


「鑑定書を出してください」


 強く言うと、受付が黙り込んだ。

 隣でマギカが「また文句?」みたいな目でアルトを見ている。だが尻尾が「また悪いことしたんかワレ!」みたいに逆立っていた。


 アルトたちのごたごたに気づいたのか、先日お世話になったエリクがやってきた。


「初めまして。私は査定室室長のエリクと申します」


 彼の言葉に、アルトは僅かに驚いた。

 どうやら彼はアルトのことを忘れているようだ。


(いいけどね。記憶に残らない平凡顔ですよどうせ……)


「実は、貨幣袋を受け取ったんですけど、査定と中身が合っているか確認したくて。それで、先ほど署名をした鑑定書があればと思ったのですが、彼はないとおっしゃっておりまして」

「え?」


 エリクが目を丸くした。


「何故ないんだ?」


 詰問するような口調に、受付がますます萎縮していく。


「あれは防犯上棄てるなと申し送りしたはずだぞ? 何故棄てたんだ?」

「す、すみません……」

「謝れと言ってるわけじゃない。理由を教えろと言っているんだ!」

「…………」

「何故黙る? お前が黙っていたんじゃ――」

「あの、エリクさん。この会計を処理した担当者に訊ねてみてはいかがでしょうか?」

「……ああ、そうですね。そうします」


 そこからは話が早かった。


 アルトの会計を担当した人物によれば、貨幣袋に詰めたのは金貨32枚、銀貨53枚、銅貨50枚。アルトが貰った金額よりかなり多い。


(さてこのお金は、一体どこへ消えたのでしょうか?)

(まっ、考えるまでもないか)

(ポッケにナイナイだ)


 犯罪の方法はこうである。


 彼は竹紙に、査定係が査定した金額を書いた。そのときに、文字と数字の間にわずかに空間を入れた。

 その後、会計係に見せる前に、アルトがサインした鑑定書に数字を書き加えたのである。


「おおお、オレは何も知らないってば。これは冤罪だぁぁぁ! あいるびぃばぁぁぁぁっく!」


 なんだか良くわからない言葉を叫びながら、赤毛の青年がギルドの奥へと連れて行かれる。


「おおお、覚えてろよぉぉぉ!」

「…………」


 罪は罪だ。

 今後、しっかりムショで償ってもらいたい。


 ……ただ、


(なんとなく憎めない人なんだよなあ)


 彼とはまた、すぐに出会いそうな気がするアルトであった。




 その後、アルトはエリクに何度も頭を下げられた。

 このようなことはもう二度とないように云々……。


(エリクさん。たぶん、彼が居なくなれば二度と起きませんよ……)


 迷惑料を支払おうとするエリクを止め、アルトは逃げるようにギルドを後にした。


 お金を受け取ってしまえば、ギルドに借りを作れない……という打算はあった。

 だが一番は、アルトは被害を受けていないことが理由だ。


 彼はこちらの利益に手を出したわけではないし、今回に限っていえば迷惑もしていない。

 なので、お金は受け取れなかった。

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