第29話 新たにそびえる頂が見えたとき

 宿の浴場でアルトは一日の疲れと汚れを落とす。

 湯船に浸かりながら、アルトは真剣な顔つきになった。


 プラントオーガ戦で、マギカは宝具を使った。

 鉄拳型の宝具を持っている栗鼠族は、世界でたった一人しかいない。


 教皇庁指定危険因子No5。

 マキア・エクステート・テロル。


 曰く、それはあらゆる状況を一人で反転させた。

 曰く、それは悪魔の因子を内包する者であった。

 曰く、それは神々の祝福を打ち消す存在であった。


 教皇庁に指定された危険因子は、ユーフォニア王国建国から数えて6人しかいない。

 そのうちの一人が、彼女だ。


 教皇庁の危険指定は、決して眉唾では無い。

 それを、アルトは今日、まざまざと見せつけられた。


 マギカには、アルトの研鑽を鼻息で吹き飛ばせるほどの、戦闘力があった。


 彼女の攻撃を、アルトはほとんど目で捉えられなかった。

 特に瞬発力を用いた連撃はさっぱりだった。


 ただ攻撃が早いだけではない。

 臓腑を揺さぶる衝撃波は、攻撃の威力の高さを物語っていた。


 今回、残念ながら彼女はプラントオーガに負けてしまった。

 それはマギカが弱かったからではない。相性が最悪だったのだ。

 物理攻撃と物理防御に特化したあの魔物に、物理で挑んでも勝ち目は薄い。


 しかしマギカには、物理特化のプラントオーガでさえ倒せるポテンシャルがあった。

 決着を急がなければ、問題なく倒していただろうとアルトは思っている。


 なにより驚くべきは、彼女の実力がまだ限界点にないことだ。


 戦闘終了後に、彼女はレベルアップ酔いに罹っていた。

 レベルアップ酔いは、一度にレベル3以上あがらなければ罹らない。

 意識を失うのはレベル5以上あがったときだ。


 彼女は意識を保っていられなかった――つまり、最低でもレベル5は上がった計算になる。


 もしレベルが限界に近ければ、レベルアップ酔いなど経験できない。


 だが彼女は酔った。

 それは即ち、まだまだ伸びしろがあるということだ。


 もちろんアルトも伸びしろはある。

 しかしアルトには、マギカの戦闘能力を超えられる未来が浮かばなかった。


 レベル99で対戦したとき、圧倒的な敏捷力を前に為す術無く負けてしまうはずだ。


 アルトの研鑽など無意味。

 産まれた時から、彼女とは圧倒的な差が開いている。

 それが才能の差。

 それが、存在力☆1の宿命だ。


 そんなマギカが、七年後に死んでしまう。

 原因は不明。

 教皇庁から『マキア・エクステート・テロルを討ち取った』という公式発表があった。

 討ち取ったということは、何者かによって殺されたということだ。


 あのマギカが殺されるなど、アルトには想像も付かない。

 だが、事実として前世でマギカは死亡した。


 この世界には、マギカを殺せるだけの強者がいる。

 ――マギカは、世界の頂点ではないのだ。


 考えれば考えるほど、悔しさが胸にこみ上げる。

 強くなったと思っていたのに、その気持ちをマギカにひっくり返されてしまった。

 おまけにその栗鼠族でさえ、最強ではない。


「はあ。自分がどれだけ弱いのか、見せつけられちゃったなあ……」


 まだまだ超えなければいけない壁はある。

 それを超えてやっと、最大の壁が現れる。

 王都で見た、あの最悪の魔術師だ。


 アルトにはまだまだ、伸びしろがある。

 レベルを上げ、熟練を上げ、ステータス補正の付いた武具を厳選すれば、今よりもっと強くなれる。


(マギカに迫れる)

(だから、折れるな)

(負けるな)

(挫けるな!)

(まだまだやれる)

(先はあるんだ)

(たとえ藁を掴んでも、石にしがみついてでも!)

(僕は絶対に、ハンナを救う!!)



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 アルトが風呂場に行ったあと、マギカはベッドに腰を下ろして考える。

 植物鬼の戦闘での良かったところ、悪かったところ。


 宿に戻る前に神殿で確認したレベルは、以前より5つも伸びていた。

 子どもの頃以来、見たことのない上がり方だった。


 一度の戦闘で、この上ない収穫だった。

 しかし、マギカは戦いに負けてしまった。


 冷静になって分析をすると、自分がなにも見えていなかったことがわかってきた。

 ああすればよかったこうすればよかった。次から次にいろいろと案が浮かぶ。


 レベルが40を超え、マギカ自身の戦闘スタイルが確立されたころから、これほど多くの改善点が見えたことはなかった。


 改善点を修正出来れば、マギカはまだまだ伸びるだろう。

 さらなる高みを目指せる。


 分析を終えて、マギカはふぅ……とため息を吐き出す。

 大きな失敗をしたのに、これほど気分が良いのは初めてだ。

 これはおそらく、アルトのおかげだ。


 アルトがいなければ、マギカは格上の相手に挑戦しなかったし、学びを得ることもなかった。

 格上と戦い負けたのに、こうして生き残っていることもなかっただろう……。


(アルトに付いて来て良かった)


 やはり彼は、英雄の踏み台になる人物だ。

 彼なら英雄を、次の段階へと送り出す。

 もちろん踏み台になるのはマギカも同じだ。


 英雄が人間の殻を破ったとき、世界が変る。

 世界を変える。


(英雄が、私が――)


 ――――神を殺すのだ。

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