第30話 新たな決意は仲間と共に

 髪の毛を洗い、体を再度洗っていると、不意に浴室の扉が開いた。


(使用中のプレートを掛けた筈なんだけど。誰だろう?)


 見るとそこには誰もおらず……いや、視線を下げると、いた。


「ルゥ?」


 ルゥがぴょんぴょんと飛び跳ねながら、アルトの足下にすり寄ってきた。

 お風呂きもちい? と、まるで猫のようにうにょーんと縦に体を伸ばして湯船を覗く。


「ルゥも入ってみる?」


 訊ねると、ルゥは楽しそうに体を揺らす。

 急いで体を流して、ルゥを抱きながらゆっくりと湯船に浸かる。


(お湯に入れて溶けないかな?)


 アルトは僅かに不安を抱いたが、湯船に入れてもルゥはしっかり原形をとどめていた。頭を湯船から出して、少しだけ揺れている。


 ルゥの半透明の体が僅かに薄くなり、代わりに心臓部分なのか、中に球体が浮かび上がる。それがほんのりと色づいる。


 少しするとアルトの手を離れて、ルゥはその体を上手に使いお湯の中を泳ぎ始めた。

 そんなルゥを見ていると、アルトの荒んだ心が、幾ばくか癒やされていく。


 ルゥが泳ぐ風景を安らかな気持ちで見守っていると、再び扉が開かれた。


「生きてる?」

「のわっ!」


 今度の侵入者は裸のマギカだった。


(えっちぃのはイケナイと思います!!)


 一瞬体がびくっとするが、すぐに落ち着く8歳児。

 性欲などまだまだ未発達である。

 一糸まとわぬ姿のマギカを見てもなにも感じない。


(っていうか、マギカはどういうつもりなんだろう?)

(いや、まあ、相手(ぼく)は子どもだから)

(弟と風呂に入るようなものか)


「話がある」

「部屋じゃだめ?」

「お風呂、長い」


 たしかに。アルトはかれこれ一時間くらいは風呂に入っていた。

 気落ちしたせいで、なんとなく部屋に戻りにくい気分だった。


 マギカは泡立てたヘチマたわしで体を洗う。その手つきが流麗で、思わず見入ってしまった。

 途中、へえしっぽってそんな風になってるんだぁとかマギカの体を見ていたが、決してやましい気持ちは一つもない。

 ――ないったら、ない。


「これから、部屋を分けてほしい」

「部屋を分ける……個室にしてほしいっていうこと?」

「そう。お互いに少し、距離を置いたほうが良い」


(あれ? なんで別かれ話みたいになってるの?)

(僕ら、付き合ってたんだっけ?)


「見られたくないことが、いっぱいあると思う」

「んんっ!?」


 アルトの心臓がギクッとした。


(僕まだそんな年齢じゃないよっ!?)


「鍛錬とか」

「あ、そっちか」

「そっち?」

「ううん、なんでもない、こっちの話」

「そう。アルトはいまも戦ってる。けど、抑えてる」


 マギカの視線が、浴場の上に向かった。

 そこには三つの光が、互いを追うように移動している。


 これはアルトが赤ん坊の頃から続けている、《魔力操作》の特訓だ。

 幼い頃は一つ出すだけでも大変だったが、今なら最大10は生み出せる。


 光の形状も、赤ん坊の頃と比べてグレードアップしていた。

 現在は球ではなく、蝶を模している。


 蝶への形状変化は、なかでも緻密な操作力が要求される。

 現在のアルトですら、3匹が限界なほどだ。


「部屋を分けよう」

「うーん」


 マギカの言葉は一理あった。

 誰かが傍にいると、全力で修行に打ち込めない。

 気を遣って、集中出来なくなってしまう。


「じゃあ、今日から部屋を2つに分けよう」

「ん。部屋のお金はきちんと払う」

「了解」

「…………次は絶対、負けないから」


 挑戦的な、けれど何故か泣きそうにも見えるマギカの表情に、アルトはつい呆けてしまった。


 アルトはマギカと、一度も戦っていない。

 彼女が『負けない』と言った意味が、分からなかった。

 だが次第に、なにを差した言葉なのかが、朧気に見えてきた。


(……もしかしてプラントオーガ戦のことかな?)


 あの時、マギカはギリギリまで追い詰められた。

 そのことで、自分は負けたと思っているのだ。


 けれど負けを意識しているのはアルトも同じだった。

 アルトはマギカの身体能力に、敗北を感じた。


(同じことを経験しても、人によって、見える景色は違うんだ……)


「僕もだよ」


 マギカの言葉がどう作用したものか。

 アルトの折れた心は、いまや完全に修復されていた。


「次は、負けないから――ん?」


 決意を新たに、湯船から上がろうとしたアルトの膝に、なにかが絡みついた。


「ル、ルゥ!? や、やば、デロデロになってる!!」


 まるでお湯をかけた寒天のようになりかけたルゥを慌てて桶ですくい上げ、全身に冷水を浴びせかけた。


 一命を取り留めたルゥは今後、アルトにきつく入浴禁止を言いつけられるのだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 日が昇って日が落ちて、気がつくとまた日が昇っている。


 マナが尽きるまで、アルトは部屋に籠もったまま魔術の鍛錬に打ち込んだ。

 アルトが眠るのはマナが尽きたときだけ。ほとんど気絶と同じ、危険な睡眠方法だった。

 だがアルトは気にせず修練に努めた。


 毎度食事を忘れて、飢餓に陥る寸前で部屋の外に出る。

 食事を終えると再び修練に没頭する。


 鍛えれば鍛えるほど熟練が上がる。

 努力した分だけ、スキルボードが応えてくれた。


(面白い)


 スキルボードを開く度に、アルトはにやりと笑みを浮かべた。

 成果が目に見えることで、やる気が持続する。


 アルトはスキルボードを表示し、日付と自らのステータスをデータを書き込んでいく。



【名前】アルト 【Lv】35→39 【存在力】☆

【職業】作業員 【天賦】創造    【Pt】1

【筋力】280→312    【体力】196→218

【敏捷】140→156(+10)【魔力】1120→1248

【精神力】980→1092  【知力】503→560


【パッシブ】

・身体操作30→36/100 ・体力回復22→26/100

・魔力操作45→47/100 ・魔力回復41→43/100

・剣術39→41/100   ・体術 22→24/100

・気配遮断2→6/100   ・気配察知2→15/100

・回避10→19/100   ・空腹耐性10→35/100

・工作15→23/100

【アクティブ】

・熱魔術15→26/100  ・水魔術13→24/100

・風魔術14→29/100  ・土魔術14→29/100

・忍び足5→8/100    ・解体4/100

・鑑定10/100

【天賦スキル】

・グレイブLv3



「結構順調だけど、このままで間に合うのかな……」


 現時点で、アルトの能力は中級冒険者を超えている。

 上級冒険者が狩りを行うダンジョン下層でソロ活動出来るが、それは知識量が豊富であるためだ。


 また前世の経験も持ち越しているため、初見の魔物を相手にしても、上級冒険者と同程度戦える。


 最強の8歳児と呼んでも、決して嘘にはなるまい。

 しかし、アルトは一切満足していない。

 高いモチベーションを維持したまま、訓練に勤しんでいた。


 アルトが高いモチベーションを維持出来ているのは、マギカの存在が大きい。

 いままで漠然としていた最強という目標が、マギカの存在によって明確になった。


 進むべき道が見えると、あとはひたすら歩くだけだ。

 アルトは一心不乱に、熟練上げに邁進した。


 熟練上げがマンネリ化してくると、迷宮に潜った。

 マギカがいないので、気を遣わずに狩りを行う。


 最低ルゥの安全は確保する必要があったが、それはあまりアルトの負担にはならなかった。


 強くなる。

 ただそれだけを考えて、魔物を倒し続けた。


 アルトがぶっ倒れるまで狩りを続け、ぶっ倒れると頃合いを見てルゥがぺしぺしと触手で頬を叩く。


『ほらそろそろ起きないと魔物が来るよ!』


 この前のプラントオーガ戦でレベルが上がったためか。気絶したアルトに代わって、ルゥが魔物の気配を察知してくれた。


 いくつかの武具店を巡り、やっと補正が付いた武器を発見した。

 アルトは短剣と盾を購入した。


 レベリング中でも常に熟練度は効率よく上げていく。

 熟練上げ効率化の過程で、思いがけず《二刀流》のスキルを取得した。


 また、自分が知らないスキルや訓練方法がないかと、様々な方法で探りもした。

 たとえば《二刀流》を活かして、盾を2枚や、杖を2本装備しながら魔物を倒した。


 残念ながら、有用なスキルは得られなかった。

 だが、失敗は無駄じゃない。

 失敗しても、得られるものは必ずある。


 そう信じて、アルトは今世の自分にとって最適なスタイルを、時間を掛けて選び抜いていくのだった。

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