第31話 彼の噂は街中に……
レベルや熟練だけではない。
【天賦スキル】も、新たなスキルが開放された。
新スキルが開放されたのは、《工作》の熟練度が30を超えた頃だった。
いつものように、新たなスキル開発に勤しんでいると、突然スキルが発動した。
それは、これまで何度も試しては不発に終わっていたスキルだった。
「熟練度が一定以上になると、新スキルを修得出来るようになるのか」
40か50か……。次はいつ新スキルを取得出来るかわからない。
ひとまず毎日ではなく、キリの良い練度になったら、新スキル取得にチャレンジすることにした。
これで少しだけ、鍛錬の時間が増えた。
新スキルではないが、〈グレイブ〉の中身のバリエーションが豊富になった。
これは〈グレイブ〉が育ったのではなく、アルトがLv3の性能を引き出せるようになったためだ。
〈グレイブ〉は、レベルと《工作》の熟練度が上がることで、より複雑な落とし穴が作れるようになる。
〈グレイブ〉のレベルがいくら高くても、《工作》の熟練度が低ければ、スキルのパフォーマンスが活かしきれない。
逆もまた然り。
単純に『スキルレベルが高ければ強い』という訳ではないようだ。
さておき、穴の中身を変化させることで、〈グレイブ〉がより殺傷力の高いスキルになった。
具体的には、底に剣山を設置したり、〈水魔術〉を組み合わせて落下した敵に水攻めを行うことが可能となった。
これで、落下しただけでは死なない魔物も簡単に倒せるようになった。
アルトが迷宮に潜ると、一週間は外に出なかった。
本来ならもっと早く地上に戻る予定なのだが、ついつい狩りに熱が入って、時間を忘れてしまう。
携帯する食料は、決まって三日分だけ。
《空腹耐性》の上がり方が尋常ではない。
どうやらアルトは、一番最初に《空腹耐性》がカンストしそうだ。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
アルトと部屋を分けてから、マギカは鍛錬に専念した。
彼と部屋を分けたのは、自分が鍛える姿を人前に晒すのは恥ずかしいのもある。
だがそれ以上に、アルトへの甘えを捨てるためだ。
子どもに甘えるなど、おかしな話だ。
しかし対象がアルトに限れば、決しておかしいことではない。
アルトは強い。
マギカが敗北を感じるほど、強かった。
そのような相手が横にいたら、頼ってしまう。
どんなに頼らないと決めていても、命が掛かる戦いの最中では、助けを期待してしまう。
いまだって、お金に関してすべてをアルトに頼っている。
この甘えが、成長を妨げる。
甘えを捨てて、生死の境を一人で歩む。
これが、マギカが選んだ修行(みち)だった。
翌日、マギカは数日間迷宮に通った。
魔石の売却で得たお金を、全額アルトに渡した。
これで、宿代の借りはすべて返した。
そこからマギカは、延々と迷宮にこもり続けた。
食糧が尽きるまでは下層で戦い、食糧が尽きれば引き上げて買い出しを行う。
荷物がいっぱいになったら、再び元の階層まで引き返す。
一度の連戦で、マギカは劣等鬼を五匹倒す。
以前ならば、あり得ないペースだ。
それもこれも、アルトのせいだ。
アルトがいなければこんな無茶などする気は起きなかった。
アルトがいなければ、植物鬼相手にも敗北を味わわなかった。
アルトがいなければ、自分の未熟さに胸が苦しくならなかった。
全部、全部アルトのせいだ。
(子どものくせに。子どものくせに。子どものくせに!)
怒りにまかせて拳を振るい続ける。
いつしか魔石だけとなった部屋の中でマギカが一人立ち尽くしていた。
怒っているはずなのに、マギカの口角は緩みきっていた。
怒りよりも強い、得体の知れない感情が支配しているのだ。
相手は少年だ。
だから、恋などではない。
(じゃあ、なに?)
問い続けるも、いまだに答えは出ない。
食糧が尽きて地上に戻ると、街に寒気が押し寄せていた。
(もう、冬? この前まで秋の入り口だったような……)
ぶるり、マギカは体を震わせた。
街を歩く人は早く暖を取りたいのだろう、足早に通りを行き来している。
燃料価格が若干上がり、魔石の買取り額も僅かに上昇した。
販売した魔石のお金は、ほとんどが食料と宿代に消えているため、買取り価格が上がって懐に余裕が生まれるのはありがたい。
魔石を売却するためにギルドを歩いていると、酒で暖を取る冒険者達の笑い声が聞こえてきた。
『俺、迷宮で出会っちゃったよ。あの噂の変態に』
『ああ、あの一度の冒険で1000匹は魔物を狩る変態にか?』
『ちげぇよ! 一度の戦闘で1000匹の変態だよ!』
『ばっか! 噂の変態は一撃で100匹だろ?』
『俺が聞いたのはステップも踏んでねぇのに奇妙に素早く動く変態の話だぞ』
『変態って舞踊剣士(ソードダンサー)なのか?』
『なんでも最近は短剣と杖の二刀流らしい』
『最近?』
『少し前までは二枚盾の二刀流で魔術を頭上で回しながら、蹴りで魔物と戦ってたってよ』
『なにそれ、本当に人間なのか?』
『な? 疑いたくなるだろ?』
冒険者達の声を聞いたマギカは、無意識のうちに額に手を当ててため息を吐き出していた。
噂されている変態とは、間違いない。アルトのことである。
頭に浮かんだ人物像に、頭が痛くなる。
それでも、彼女の口元は締まらない。
(頑張ってる)
(でも、絶対に負けない)
(私はこのまま、引き離す!)
決意を新たに、マギカは買取りカウンターまで素早く駆け抜けるのだった。
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