第170話 切り身(活きてます
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「シトリーさん。これを見てください」
「これは……え? あなた、一体いつキリミをつり上げたんですの?」
「まだ切り身は魚の種類だと言い張りますか……」
先ほど捌こうとしていた魚の姿が消えたからか、シトリーがどこかほっとしている。
それでよく料理しようと思えたものだ。
だからこそ、あの魚は生煮えだったのか。
煮えた鍋に切り身を入れてすぐに火から上げる。
その間にアルトはもう1匹の魚を捌く。
「リオンさん、活け作りにするならきちんと捌いてくださいね」
「俺、魚を捌いたことがないんだよな」
「捌かないと料理じゃないですよ」
「いやいや、あれはステーキみたいに自分で切り分ける方式なんだよ」
「ステーキはすでに捌かれた後です……」
「そういやそうだったな」
キャピッてへぺろ! みたいな顔はやめてもらいたい。
気持ちの高ぶりを抑えるのに、尋常でない理性が削られる。
シトリーがもの悲しげに鍋を眺めている隙に、アルトは手早く、こっそり魚を捌く。
先ほどと同じように鱗をはぎ取り、三枚に下ろす。
その切り身を柵にし、皮を焚き火で炙る。
皮が焦げて脂が浮き上がってきた頃合いを見計らい、火から上げる。
それを薄切りにし、皿に盛りつける。
先ほど切り身を入れた鍋の方も、もう仕上がっているので皿に盛りつける。
「はい。では頂きましょうか」
アルトは手を合わせるが、リオンとシトリーは苦渋を飲み干したような顔をしたまま動かない。
「……なんでだよ。なんで師匠は、料理もできるんだよ」
「おかしいですわ。殿方が、料理など……」
いまにもちゃぶ台を返しそうなほど二人がわなわな振えている。
「もう、黙って食べようよ二人とも……」
2人を無視して、アルトは宮廷料理風の切り身を口に運ぶ。
泥抜きをしたおかげもあり、魚の泥臭さが和らいでいる。
海の魚はそのままでも食べられるが、湖の魚はよほど綺麗な水に生息してない限り泥臭くて、そのまま食べられるものではないのだ。
出汁が足りないので少し物足りないが、ここではこれで十分である。
「宮廷料理とは少し違いますが、おいしい、ですわ……」
「だな。師匠、どうして料理が上手いんだ?」
前世で嫌というほど鍛えたからだが、それは答えられない。
体は鍛練と、食事が作り上げる。
だからアルトは、食にも一切手を抜かなかった。
その結果が、この料理の味につながっている。
不意に、手の甲にぺしぺしという衝撃を感じた。
アルトが下を見ると、鞄からルゥが恨みがましそうに顔を出している。
(ぼくのぶんは?)
もちろん、ルゥの分を忘れているわけではない。
アルトは残った料理を、ルゥのために大量に皿に盛りつける。
「はい」
皿を前に差し出すと、ルゥはぷるんぷるん喜んで、一気にすべてを体の中に放り込む。
少しして、ルゥがみょんみょんとその場で飛び跳ねた。
じつに良い食べっぷりだ。
ルゥに味が気に入ってもらえたようで何よりである。
だが、リオンとシトリーの二人はお気に召さなかったのか、箸とフォークを進めるも顔は陰ったままであった。
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翌日も、リオンとシトリーの雰囲気はどこか重たかった。
なにか良くないことがあったのか。それともアルトが良くないことをしてしまったのか。
理由を口にしてくれないので、アルトにはさっぱりわからないままだった。
かなり素早く移動したため、頬を撫でる風に塩気を感じる。
もう少し行けば海が見えるだろう。
海が見えれば、ケツァム中立国の国境はもうすぐだ。
キャンプの設営に入ると、武具を装備したリオンとシトリーが、なにやら深刻な表情のまま互いをにらみ合っている。
「今日も勝つ!」
「いいえ、勝つのも勝ったのもわたくしですわ!」
「勝敗は大きさな」
「当然。大きいは正義ですわ」
「ぎゃふんと言わせてやる」
「それはこちらの台詞ですのよ」
「勇者の底力。見せてやる!」
「ジャスティスの名にかけてこの勝負。絶対に負けません!」
(……二人はなんで命を賭けた大一番に挑むような顔をしてるの?)
どちらが大物を手に入れるかを競い合ってるにしては、少々雰囲気が物騒だ。
アルトの困惑を余所に、2人は海がある方向へと掛けだした。まるで初めに着いた方が勝者であるかのように、お互いに全力で走って行く。
一体、なにが二人をそうさせるのだろう……。
2人が海へ向かってから1時間ほど。
火を熾して暇になったアルトがルゥと戯れていると、森の向こうから甲高い悲鳴が聞こえた。
「「ギャァァァァァァ!!」」
「なんだ!?」
思わずアルトは腰を上げた。
《気配察知》がリオンとシトリーの気配を捕らえた。そしてその後ろに付き従うもう一つの大きな気配も……。
同時に《危機感知》が反応し全身が粟立った。
「これ、やばいやつじゃ……?」
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