第170話 切り身(活きてます

2月10日に『最弱冒険者が【完全ドロップ】で現代最強』のコミックス1巻が発売となります。

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「シトリーさん。これを見てください」

「これは……え? あなた、一体いつキリミをつり上げたんですの?」

「まだ切り身は魚の種類だと言い張りますか……」


 先ほど捌こうとしていた魚の姿が消えたからか、シトリーがどこかほっとしている。


 それでよく料理しようと思えたものだ。

 だからこそ、あの魚は生煮えだったのか。


 煮えた鍋に切り身を入れてすぐに火から上げる。

 その間にアルトはもう1匹の魚を捌く。


「リオンさん、活け作りにするならきちんと捌いてくださいね」

「俺、魚を捌いたことがないんだよな」

「捌かないと料理じゃないですよ」

「いやいや、あれはステーキみたいに自分で切り分ける方式なんだよ」

「ステーキはすでに捌かれた後です……」

「そういやそうだったな」


 キャピッてへぺろ! みたいな顔はやめてもらいたい。

 気持ちの高ぶりを抑えるのに、尋常でない理性が削られる。


 シトリーがもの悲しげに鍋を眺めている隙に、アルトは手早く、こっそり魚を捌く。

 先ほどと同じように鱗をはぎ取り、三枚に下ろす。

 その切り身を柵にし、皮を焚き火で炙る。

 皮が焦げて脂が浮き上がってきた頃合いを見計らい、火から上げる。

 それを薄切りにし、皿に盛りつける。


 先ほど切り身を入れた鍋の方も、もう仕上がっているので皿に盛りつける。


「はい。では頂きましょうか」


 アルトは手を合わせるが、リオンとシトリーは苦渋を飲み干したような顔をしたまま動かない。


「……なんでだよ。なんで師匠は、料理もできるんだよ」

「おかしいですわ。殿方が、料理など……」


 いまにもちゃぶ台を返しそうなほど二人がわなわな振えている。


「もう、黙って食べようよ二人とも……」


 2人を無視して、アルトは宮廷料理風の切り身を口に運ぶ。

 泥抜きをしたおかげもあり、魚の泥臭さが和らいでいる。


 海の魚はそのままでも食べられるが、湖の魚はよほど綺麗な水に生息してない限り泥臭くて、そのまま食べられるものではないのだ。


 出汁が足りないので少し物足りないが、ここではこれで十分である。


「宮廷料理とは少し違いますが、おいしい、ですわ……」

「だな。師匠、どうして料理が上手いんだ?」


 前世で嫌というほど鍛えたからだが、それは答えられない。


 体は鍛練と、食事が作り上げる。

 だからアルトは、食にも一切手を抜かなかった。

 その結果が、この料理の味につながっている。


 不意に、手の甲にぺしぺしという衝撃を感じた。

 アルトが下を見ると、鞄からルゥが恨みがましそうに顔を出している。


(ぼくのぶんは?)


 もちろん、ルゥの分を忘れているわけではない。

 アルトは残った料理を、ルゥのために大量に皿に盛りつける。


「はい」


 皿を前に差し出すと、ルゥはぷるんぷるん喜んで、一気にすべてを体の中に放り込む。

 少しして、ルゥがみょんみょんとその場で飛び跳ねた。


 じつに良い食べっぷりだ。

 ルゥに味が気に入ってもらえたようで何よりである。


 だが、リオンとシトリーの二人はお気に召さなかったのか、箸とフォークを進めるも顔は陰ったままであった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 翌日も、リオンとシトリーの雰囲気はどこか重たかった。


 なにか良くないことがあったのか。それともアルトが良くないことをしてしまったのか。

 理由を口にしてくれないので、アルトにはさっぱりわからないままだった。


 かなり素早く移動したため、頬を撫でる風に塩気を感じる。

 もう少し行けば海が見えるだろう。

 海が見えれば、ケツァム中立国の国境はもうすぐだ。


 キャンプの設営に入ると、武具を装備したリオンとシトリーが、なにやら深刻な表情のまま互いをにらみ合っている。


「今日も勝つ!」

「いいえ、勝つのも勝ったのもわたくしですわ!」

「勝敗は大きさな」

「当然。大きいは正義ですわ」

「ぎゃふんと言わせてやる」

「それはこちらの台詞ですのよ」

「勇者の底力。見せてやる!」

「ジャスティスの名にかけてこの勝負。絶対に負けません!」


(……二人はなんで命を賭けた大一番に挑むような顔をしてるの?)


 どちらが大物を手に入れるかを競い合ってるにしては、少々雰囲気が物騒だ。

 アルトの困惑を余所に、2人は海がある方向へと掛けだした。まるで初めに着いた方が勝者であるかのように、お互いに全力で走って行く。


 一体、なにが二人をそうさせるのだろう……。




 2人が海へ向かってから1時間ほど。

 火を熾して暇になったアルトがルゥと戯れていると、森の向こうから甲高い悲鳴が聞こえた。


「「ギャァァァァァァ!!」」


「なんだ!?」


 思わずアルトは腰を上げた。


《気配察知》がリオンとシトリーの気配を捕らえた。そしてその後ろに付き従うもう一つの大きな気配も……。

 同時に《危機感知》が反応し全身が粟立った。


「これ、やばいやつじゃ……?」

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