第234話 1ヶ月の成長

「ヒエッ!」


 誰かが怯えた声を発した。

 それもそのはず、通路からわらわら現われる魔物の群れ。ひしめき押し合いながら、我先にとアルトたちに向かってくる。


 押し合いへし合い、リザードマン達は通路の空間を埋め尽くすかのようにフロアに向かって歩みを進める。

 押し合いに負けたリザードマンは地面に転がり、後からくるリザードマンたちに踏み潰されていく。


「だ、誰がここまで呼べって言ったよ!?」


 早くもリオンの心が折れたようだ。彼は膝をガクンガクン震わせて涙目になっている。

 対してマギカはなにも言わないが、耳と尻尾が力なく垂れている。

 それだけで言いたいことが十分伝わる。


 やり過ぎ。


「……後悔はしてません」

「しろよ! 全力で後悔してくれよ!!」


 周囲を埋め尽くす魔物の総数は、ざっと見積もって300程。

 アルトの背後でヴェルが腰を浮かす気配を感じる。

 逃げるつもりか。

 この状態で、逃げられれば良いが……。


「ふえぇ」


 ヴェルの小声が聞こえる。

 きっと後方からも現われた魔物を見て、絶望したに違いない。


(ヴェルよ、刮目せよ。

 これが、僕流の狩りだ!)


「さあ、みんな。生きますよ!」


 大声を上げ、アルトは一気に罠を発動した。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 ヴェルはずっとアルト達の様子を観察していた。

 今回の狩りは、やはりレベル上げが目的らしい。

 なにもこんな迷宮で上げなくとも良いのではないか。

 ヴェルにはあまりに無謀に思えた。


 はじめ、数百の魔物がおびき寄せられたとき、ヴェルはさすがに死を覚悟した。

 確実に訪れるだろう死を予感したが、しかしすべての魔物がアルトたちによって駆逐されてしまった。


 リオンが盾で魔物を粉砕し、マギカが鉄拳で魔物を粉砕し、アルトが魔術と短剣と長剣とメイスと槍と杖と弓と斧で魔物を粉砕する。


 いくつもの武器を使い、武器だけでなく魔術を使い、武器とも魔術とも判らないなにかを使い、恐るべき速度で魔物を葬っていく。


 一体、彼はなにをしたいんだ?


 ヴェルの目には、アルトは遊んでいるようにしか見えない。

 だが、ここの魔物は遊びで勝てる相手ではない。

 なのに訳のわからないアルトが動くだけで、自然と魔物の数が減っていく。


 ヴェルが持ち合わせた尺度が、彼にはまるで通用しない。

 こんな人間がいるのか。

 そう思うと同時に、こんな人間は2人もいないだろうとも思う。


 馬鹿か阿呆か、それとも……。

 ヴェルの混乱はますます深まっていく。


 過去にヴェルを襲った奴らとは違う。

 性的意味合いのまったくない、紳士的な変態。


 そう……アルトは変態の紳士だ。

 今度から彼を、変態紳士と呼ぶことにしよう。

 ヴェルはそう心の中でほくそ笑んだ。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




「おぉおぉ、尻尾巻いて逃げたと思うとったけど、ちゃぁんと顔揃えとってほっとしたわぁ」


 迷宮の上から直接ボス部屋に侵入したシズカを見て、3人があっけにとられている。


 うんうん。驚かせよ思て前日夜から山登りしとってよかったわぁ。

 いきなり頭上から落下して3人の度肝を抜いた彼女は、満足げに頷いた。


 ただ、少し着地の際に足を捻ってしまったのが残念だ。

 少し……いや、かなり痛い。


「ほならお3人さん――」

  「あれ、絶対痛いよな」

  「ん」

  「しっ! 気づかないであげるのが大人の対応ですよ」

「聞こえとるで!?」


 シズカは鉄扇を3人に突きつける。


「その口が、滑らかなのも今のうち。このひと月でどれほど成長したか見せてもらうで?」

「今日こそ、泣いて土下座させてやるぜ!!」


 軽口を叩いてリオンが前に出る。

 いまのが彼流の〈挑発〉。戦士の〈挑発〉とヴァンパイアの〈魅了〉がかみ合った、実に良いスキルだ。

 気を抜けば釣られてしまいそうになる。


 盾を構えたリオンにゆっくりと歩みよる。その間、常に周りは警戒しておく。

 マギカの反応が薄くなった。


 今回はどう攻めてくるつもりやろか?


 背後からマギカが接近。

 慌てず鉄扇を振るい間合いから遠ざける。


 前回と反応は同様か……。

 僅かに期待値が下がる。


 鉄扇を後ろに振るった隙を狙い、リオンが詰め寄った。

 その手はアカンで……。


 鉄扇を振るう振りをして、前に盾をおびき寄せる。

 そこで生まれた死角に足を運び、さらに脇から左手でリオンの腹を殴りつけた。


「んぐっ――!!」


 普通の人間では内部から破裂するほどの〈発剄〉を与えたが、おそらく彼は無事だろう。予想通り、リオンは即座に起き上がってこちらに向かってくる。


 彼も前回同様。

 いや盾の使い方が、以前よりも型破りで稚拙になっている。


 我武者羅なわけではない。

 それは変わろうとする証――守破離の破。

 どれほどの技量を持つ者であっても、型を破るときは必ず動きが稚拙になる。


 それをどうにかしたとき、技は大空へと羽ばたくのだが……。

 はたして彼はどうなるやら。


 リオンの〈魅了〉つき前進に合わせ、マギカが攻撃を繰り出す。

 それを〈回避〉して手で優しくなぎ払う。


 吹き飛んだマギカがリオンに向かっていき、あわやぶつかるという直前に尻尾を使って体制を整え、見事盾に着地。

 その反動で再びこちらに向かってくる。


 なるほど。おもろいこと考えつくなぁ……。

 しかしまだまだ甘い。


 僅かに関心して、シズカはマギカを吹き飛ばした。


「まだまだ足りんで」

「わぁってるよ!!」


 撃てば響く。

 根暗なマギカに比べてリオンは小気味よい。


 ……ん?


 ここへきてシズカは妙な違和感を覚えた。

 なにかが足りない?

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