第217話 絶対に突っ込んではいけない
「どうして最初からグレイブを使わなかったんだよ」
「それだけじゃ強くなれないじゃないですか」
「レベルは上がるだろ?」
「そうですね。でもそれじゃあ強くなりません」
「……え?」
「ん?」
平然と答えるアルトに、リオンは怒りながら泣くような表情で頭を抱えた。
「……師匠がどこに向かっているのか、未だに判らねぇ」
「リオン、それは誰にも判らない。無理。諦めて」
アルトが二人から光の消えたまなざしを浴びせられる。
何故そんな目で見られなければいけないんだ。
……1人抜け駆けしたのがそんなにいけなかったのかな?
2人の冷たい視線に、アルトは頭を悩ませるのだった。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
迷宮を歩く際、キノトグリスでもイノハでも必ず魔物寄せを使っていたが、今回はそれを封印している。
理由はいわずもがな。
こんなところでひとたび魔物寄せを使えば、どんな目に遭うかわかったものではない。
しばしリザードマンを倒して奥へ進むと、途中から赤小龍が姿を現わした。
「もしかしてここ、ドラゴンの迷宮!?」
アルトの身長ほどもない小さな龍を見て、リオンが目を輝かせる。
まさに勇者らしい迷宮じゃない!とか思っていそうだ。
「勇者にとってこれほどふさわしい迷宮はないぜ!」
ほらね。
アルトの予想がドンピシャ。
わかりやすいおのこである。
赤小龍はリザードマンよりも強いが、以前戦ったレッサードラゴンよりは弱い。
三人で囲めば圧倒的ではないにせよ、安全マージンを確保したまま討伐出来る相手である。
マギカが両手で連打を浴びせ、アルトが水魔術を放ち、
「んぎゃああああ!! オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛……」
リオンが〈突進〉を受けて吹き飛ばされ、壁に大激突。
口からリオン汁を吐き出した。
「ふん。他愛も無い相手だったぜ!!」
赤小龍を倒したあと、リオンはふんぞり返り鼻息を荒くする。
〈突進〉をもろに食らってゲロゲロ吐いた奴の台詞とは思えない。
とはいえ今回の最大与ダメージ賞は間違いなくリオンである。
体力お化けのリオンが骨折するほどの攻撃を盾(ダメージ反射機能付)で跳ね返したのだ。
きっとあのとき龍は恐ろしいダメージを負ったに違いない。
最も手数が多かったマギカは自分の手を見て、リオンを見て、アルトを見る。
「あの盾、魔防具?」
「よくわかったね」
「……ずるい」
どうも、彼女はリオンが自分よりも赤小龍にダメージを与えたことに納得がいかないらしい。
攻撃が当たるだけでダメージを反射するなんて、確かに狡いと思う気持ちは理解できる。だがそれを実際にアルトやマギカでやろうとしても、まずもって不可能だ。
これは体力お化けのリオンだからこそ出来る芸当なのである。
決して狡くはない。
「マギカも武器に刻印してみる?」
訊ねた瞬間、マギカの耳が「え?マジ!?」と素早く直立した。
「宝具には〈刻印〉は出来ないけど」
「ん。なにがいいか、考えとく」
どうやら彼女の機嫌は直ったようで、尻尾がかわいらしく横揺れを始めた。
一体彼女はどんな効果を強請ってくるだろう?
1激で相手を破壊する効果、とかでなければ良いのだが……。
赤小龍が1体出れば2人で倒し、2体以上出れば1体を残し、他を深い〈グレイブ〉に落として〈マイン〉で痛めつける。
さすがに小さいとはいえ龍鱗系の魔物ともなると防御力が高く、〈グレイブ〉が破壊されるまでに殺しきれない。
ただ、〈マイン〉で十分弱らせるので、複数体との連戦でも安全マージンを確保することができた。
龍鱗の洞窟は温度が非常に高いため、気を抜くと熱中症に罹ってしまいそうになる。
ドワーフ工房で炉に熱され、〈熱耐性〉が上がったアルトはそこまででもないが、リオンとマギカは汗がぼたぼたしたたり落ちている。
特にマギカは耐性がまったくないのだろう。顔はいつも通りだが、耳と尻尾がグデっとしている。
なんとか出来ないだろうか?
考えた結果、〈熱魔術〉により冷却した空気を〈風魔術〉で送り出す、魔術エアコンを開発した。
これは〈熱魔術〉のエネルギー方向が逆なだけで、迷宮で常々行っていたドライヤーと同じ原理だ。
そのためアルトは特にこれに意識を裂かなくても気持ち良い風を送り続けられる。
1刻か2刻か。歩き続けると、ようやくアルトたちは迷宮の一番奥の部屋手前までたどり付いた。
記憶に問題がなければ、間違いなくこの通路の先が最奥だ。
アルトが再び人生をやり直すきっかけとなった、宝具のあった場所である。
(もう一個あれば、いい保険になるんだけど……。さすがにそう上手い話はないよね)
(でも、なんか妙だな……)
奥から感じる雰囲気が物々しい。
過去に来た時は、宝具以外はなにもなかった。
(そうでなければ、★1の人間ごときがあれほどの宝具を入手することなど出来ようはずもない)
何故今回、凄まじい気配を感じるのかは不明だが、先に進むより他はない。
「準備は良い?」
「もちろん!」
「ん」
「モブ男さんは張り切りすぎないでくださいね」
「なんでだよ!?」
「ボスを見たらノリノリで突っ込みそうだからですよ」
「……ダメなのか?」
「ダメです」
やはりコイツ、特攻する気満々だったようだ。
普通のダンジョンでは、それも良い。
だがここだけは駄目だ。
「この迷宮のボスには絶対に手を出してはいけません」
「なんでだよ?」
「単純に、強いからです。〝リオンさん〟、これは冗談や前振りじゃないですからね?」
「……マジかよ」
「はい。もしボスがいたら全力で逃げます。その準備だけはしておいてください」
「了解だ。んで師匠、もしかしてなんか知ってんのか?」
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