第216話 無理か、無茶か。
その直前に、ふたつの影がアルトとリザードマンの間に割って入った。
攻撃を受け止めた盾が片方の尻尾をズタズタに引き裂き、
殴りつけた拳がもう片方を壁まで吹き飛ばした。
「呼ばれて飛び出て勇者見参!」
「……んん」
致命的な攻撃からアルトを救ったのは、リオンとマギカだった。
リオンはいつも通り劇的な救出劇に酔いしれ、マギカは我関せず使った鉄拳の感触を確認している。
「師匠、一人で勝手に伝説を作ろうったってそうは問屋が卸さないぜ! このブレイビィな勇者リオン様を置いていくなんて、一億年早いぞ!!」
ブレイビィって。
妙な単語を生み出さないでもらいたい。
「アルト一人で。狡い」
「すみません。……助かりました」
2人の登場にやや面を食らったが、アルトはほっと息を吐き出す。
危ないところだった。
二人がいなければ、今頃どうなっていたことか。
それを思うとゾっとする。
同時に、苦いものも感じてしまう。
アルト単独ではどうにもならなかった。
まだまだアルトは、自分一人でどうする力もない。
悪意に抗う力が、ない。
最初の1匹を倒せたのは前回から比べれば快進撃と言って良い。
だがその後がダメだった。
もしこれが大量の善魔が相手であれば、問答無用で死んでいただろう。
しかしこればかりは、どうしようもない。
レベルアップ酔いは生理現象のようなものだから。
だからこそアルトは、目標レベルを99に設定した。
これ以上ないところまでレベルを引き上げれば、どれだけ善魔を倒してもレベルアップ酔いにはかからない――戦闘中に酔いで不覚を取ることがなくなるからだ。
「焦って先走って、危うく死にそうになって。師匠はバカだなあ」
「ぐ……」
いつもアレな人にバカと言われてしまった。
しかし反論も出来ないので、屈辱を耐え忍ぶ。
「なんでこのダンジョンを知ってたのかしらんけどよ。その様子だと、初めからここが、難しいってわかってたんだろ?」
「……」
「だったら頼れよ、オレたちを。そのために、オレらは師匠の隣にいるんだからよ」
「……はい」
リオンの言葉が、心に染み渡る。
「ところでおふた方――」
「この貸しはトイチだかんな! きちんと耳揃えて返せよ?」
「……そのうち返しますね。等価交換で」
「ケッ! ……で? なんだよ」
「迷宮入り口にブシが立ってたと思うんですが、もうあの人達はいなくなったんですか?」
「…………」
「…………」
おい待て。
どうしてそこで二人とも視線をそらすんだ!?
アルトの胸中に嫌な予感がこみ上げる。
「まさか2人とも――」
「あれは、迷宮に入るための試練だったんだよな!? 武士を倒して迷宮に入る権利を得る必須イベント的な」
「なわけないじゃないですか!!」
「……お、オレは悪くないぞ!?」
「悪いに決まってます!! もしかしてマギカも?」
「…………」
カナヅチのマギカの目が、スイーと視線が泳ぐ泳ぐ。
一番良識があると思ってた人物がこの体たらく。
「何故止めなかったんですか……」
「邪魔されたから、つい」
アルトは頭を抱えてうずくまる。
うわぁ……。
ブシ――公務員をはっ倒すなんて。何考えてるんだ!
「この街にいられなくなるかもしれないんですよ!?」
「ギルドが管理してる迷宮を封鎖している方が悪」
いやまあ、そういう考え方もなくは……ナイナイ。絶対にない。
「管理はギルドですけど、所有者は国ですから。っていうか、公務員を殴ればどうなるか判りますよね? 最悪、日那から追放されますよ? もし2人が追放されても、ボクは知りませんからね」
「くっくっく。そうなったらなったで、出て行ったふりをしてこっそり入国すればいいだけだろ!!」
リオンの発想が悪党だ……。
いや、元々悪党だったか。
会計をちょろまかしたり、人の部屋に忍び込んだり。
……小悪党だが。
「大丈夫。追放はされない」
マギカが何故か自信たっぷりに小さな胸を張った。
リオンといいマギカといい、その自信は一体どこから来るのだろう?
「この先にいけば、判る」
アルトの冷たい視線を受けて、マギカは部屋の奥を見た。
日那が国を挙げて探しているお宝があるのか?
それが免罪符になる……とか?
前回アルトは迷宮の奥までたどり付いたが、そんなものはどこにも無かったはずである。
だがマギカがそう言うなら、きっとなにかがあるのだろう。
リオンとは違って、言い逃れするような雰囲気は感じられない。
目は泳いでいるけれど……。
アルトはため息を吐き出して気持ちを切り替える。
やってしまったことを責めても仕方が無い。
それに、二人が無理に武士を突破したからこそアルトの命は救われたのだ。これ以上強く言うのはお門違いだ。
今頃になって意識を取り戻したのだろう。マギカに吹き飛ばされたリザードマンをグレイブにボッシュートして、アルトは歩き出す。
「……師匠。ひとつ聞いて良いか?」
「なんですか?」
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