第260話 間章 神々の戯れ1
アルトが命を落として彼女の元を訪れたとき、魂がかなり傷付いていた。
ここに来るときは、まだ中傷程度だった魂は、今や変形し、ズタズタに引き裂かれ、ほんの少し手で押せば、木っ端微塵になってしまいそうなほどだった。
彼がこれほど傷付いた理由を、彼女は理解している。
ずっと見てきた彼女だけは、痛いほど理解していた。
人生の1歩目から躓き、親に白い目で見られ、あらゆる人達に功績を認められない。
レベルを上げても誰も評価せず、目の前で強さを示しても、誰の記憶にも残らない。
大切な人が死に、大切な人に振られ、大切な仲間達に認められず……。
彼はフォルテルニアの誰よりも輝こうとし、誰よりも遙かなる高みへ上り詰めた。
だが彼の歩んだ激闘の人生は、フォルテルニアはもといユーフォニア中の誰の記憶にも残らなかった。
アルトが失われても、何事も無かったかのように世界はまわり続けた。
その機能の、一切が欠けることなく……。
彼が死んで泣いた人はいなかった。
彼が生きて喜ぶ人はいなかった。
彼が生きたことで、変化を受けた人はいなかった。
彼が生きていることで、変化したものはなにもなかった。
彼は結局、世界に1片の痕跡すら残せなかった。
つまり、彼は生きていても、死んでいても、まったく同じだったのだ。
それを思うと、彼女はどうしようもなく胸が苦しくなる。
何故彼はここまで世界に拒絶されたのだろう?
ここまで拒絶されなければ、いけなかったのだろう?
彼が生まれたのは、完全に自分の失敗だ。
自分が彼の魂を、ここまで傷付けてしまったのだ。
せめて、この手で彼の魂を癒そう。
そう決めていた。
だが差し出した手を、アルトは拒んだ。
「もう一度、やり直しはできますか?」
何故そこまで戦おうとするのだろう?
立ち向かおうとするのだろう?
もう休んで良い。
ここで休んでも、誰も文句は言わない。
だが彼は立ち上がった。
その目に強い意志を宿らせて。
再び送り出したあと、彼女は必死に祈った。
どうか彼の魂が、無事彼の願いを成就するそのときまで、形を保っていられますように……。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
2度目の旅で、アルトに大きな変化が訪れた。
「〈格差耐性〉なんて作ったのは誰?」
「っふん。儂特製の耐性はどうよ?」
「どうよ? じゃないよ……」
太い腕を組んで技神アルファスがふんぞり返る。
特製というからには、彼が力を用いて態々制作したのだろう。
「なんてことをしてくれたんですか……」
「なんだ? 漢が命を賭けて戦っているというのに、黙って見ておれというのか?」
「黙って見ていてください」
黙って見ていてくれないと、アルトの行動が露見してしまいではないか。
それでは対策が取られてしまう。
「お願いですから、彼がどうなろうと、その耐性は付与しないでくださいね?」
「……っふん」
判ってるんだから判ってないんだか。
彼は鼻息を強く吐き出し、口元の髭を大きく揺らした。
「エル。なんかしたでしょ?」
「げ……」
ある日彼の傍に、小さな命が舞い降りた。
愛を知らない、若々しい命が一晩中アルトに寄り添った。
その命は自然発生したものではない。
神が作り出した、新たな生物だった。
「何故バレタし!」
「愛を知らない魂を扱ってるのは、エルだけでしょ?」
「ぐぬぬぬ……」
どうやらエルメティアは、自分の行動がバレるとは思ってもみなかったのだろう。
まったく頭が軽いというか、後先考えないというか。
「だってほら、アタシ、愛の女神じゃん? だから愛を生み出す可能性がある場所に、愛を知らない子ども達を送り出すのは当たり前のことなのよ!」
「それでもし〝彼〟にばれたら、怒られるんだよ?」
「……どど、どうってことないわよ!」
声が完全に震えている。
まったくこの子はこれだから……。
折角こちらがフォルセルスに黙って、こっそりアルトを送り出したというのに。もしそれがバレたら、こちらまで怒られてしまうのだ。
「でも、なんでアルトの傍にあの命――スライムを生み出したの?」
「ん? いや、だってほら、★1のくせに馬鹿みたいに狩りをしてぶっ倒れて。なのに折れずに立ち向かってる。そんな奴、放っておけないじゃん」
その言葉を聞いて、彼女は確信する。
なにかが、変わった。
これまでは誰1人として、神でさえ気づけなかった彼の存在に、アルファスだけではない、もっとも鈍感で馬鹿で、愛することしか知らないエルメティアまでもが気づいたのだ。
2度目の生で、間違いなく運命は動き出した。
動き出したのを、彼女は感じ取った。
「しっかし、あれだけ苦しんでんのに、アイツ笑ってんだけど? もしかしてドMなの?」
「エルにMだって言われると、彼が可哀想だよ」
「なんでよ!?」
殴られても斬られても死なない筆頭の彼女が言うと、実に滑稽に聞こえてしまう。
そも、ヴァンパイアを近くにおいた彼女もまたヴァンパイア。
もともとエルメティアの国は、死を最も恐れた魂が集まった国。彼女はその魂を救済すべく、魂から死を極力遠ざけるために、己の肋骨を愛する僕達に埋め込んでしまったのだ。
まさに偏愛。
だがそれも愛である。
「ん? ちょっと待って? あれ、なんかあいつゴブリン倒しただけなのにレベルが異常に上がってない!?」
「げ! まったまった! 誰? 悪さしてるのは!?」
「…………」
すっと、アマノメヒトが目をそらした。
……奴か!!
「メヒト! アンタ一体なにしたのよ!?」
「面白いから」
「面白くないわ!!」
「はぁ……」
★1の子どもが、ゴブリンをばったばったとなぎ倒す様は、確かにおもしろい。
だが、だからといってゴブリンの経験を底上げするのはやりすぎだ。
「エルとメヒトのせいで、絶対ばれたよ?これ。どうすんの?」
「どうすんのよメヒト!! あんたのせいでバレたじゃない!!」
「むぅ……」
「ムゥ……じゃないわよ!! 〝奴〟にアタシも怒られるのよ!? アンタ、一体どうして――んぎゃぁぁぁぁぁ!!」
エルメティアがメヒトに頭を吹き飛ばされた。
「……五月蠅い」
「…………っぷはぁ!! 死ぬかと思ったわ」
いつものやりとりに、ほっと胸をなで下ろす。
最近はこのやりとりもなかなか見る事が出来なかった。
この穴蔵で千数百年暮らしていれば、誰だって根暗になる。
いや、それでも少し前まではみんなもっと明るかった気がする。
ここ数年で閉塞したのは、何故だろう……。
きっと、英雄の因子が次々と斃れてしまったからだ。
「メヒト。力は止めた?」
「……ん」
「もう、無茶しないでよね?」
「ん。自重する」
その言葉に(なるべく)という意図を感じたのは、彼女だけか。
さておき、神にとんでもないことをされ続けたアルトは、スライムを引き連れてキノトグリスへと向かった。
事態は、彼の望み通りに動いている。
あとは彼が、どれだけ頑張れるかにかかっているだろう。
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