第259話 エピローグ 別れ

 皆が寝静まったころ、意識が覚醒したヴェルは気配を殺して起き上がる。

 忍び足を使って部屋を出て、隣のアルトの部屋に向かう。


 アルトは布団に横たわり眠っている……と思われる。

 部屋全体に光弾が飛び交っていて、侵入したヴェルは危うく小さく悲鳴を上げそうになった。


 さらに驚くべきは、その体から常に大量のマナが放出されていることだ。

 マナは無秩序に放出されているのではなく、そのすべてがどこかに向かって移動している。まるで大河が海に向かって流れるように。


 眠っているのに、これである。

 一体これまで、どのような道を歩んだら、人はここまで化け物になれるというのか……。


 今日までヴェルはアルトたちと合流し、その姿を観察し続けた。

 だが、未だに彼らの行動理念がよくわかっていない。


 何かを助けようとしているのはわかる。

 だが、彼らの実力があれば大抵のものを助けられるはずだ。


 なのに、まだ鍛錬を続けるのは何故か?

 一体何から、誰を救い出そうというのか……。


 また、彼らがホクトを救った行動も不可解だった。

 報酬はない。称賛もない。

 なのに、彼らは動いた。


 ただ戦いたかったのか?

 ――いいや、違う。

 彼らが戦いを好んでいるようには見えなかった。


 誰かを、何かを救うとは――〝真の救い〟とは、彼らのような自己犠牲の上に成り立つものなのか。

 だとすれば、この世はなんて、理不尽なんだ。


(見てみたい)


 これほど極限状態に置かれながら、相応の対価が得られずとも、破綻せずに突き進んでいく彼らが、一体なにを手にするのか。どこへ行き、何を救おうとするのか。


 自分も、この目で確かめたい。


 ヴェルは窓を開いて一気に外に〈跳躍〉した。

 次に会うのは、何ヶ月後か。あるいは何年後か。

 あるいはもう一度会えるとは限らない。


 教皇庁指定危険因子。

 その2人の道は、もう2度と道は交わらないかもしれない。

 だがそれでも構わない。


 この先で、また道が“交わるかもしれない”と、そう思うだけで飛び立てる。


 まだまだ足りないものがある。

 足りないものがある以上、尺度は小さく定規は短い。


 なにも知らないヴェルが、アルトを見極められるはずがない。


 だからこそ、ヴェルはアルトから離れる決意をした。

 アルトが先に行きすぎて、その背中が見えなくなる前に。


 いつか、また。

 空に願い、そして希望としてそれを胸に強く抱いて。


 ヴェルはトウヤの街に消えていった。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 報告。


 アヌトリアと繋がってから、日那はたった1年数ヶ月の間に国内総生産が10倍に成長。

 各国と同程度とまではいかないまでも、既に貧困国を抜け出したように見えます。


 アヌトリアとの貿易は、通常の品ばかり。

 特別なもの。武具や兵器の類いはなく、また貿易以外で金品を送った形跡もありません。


 ただ貿易を行うだけで総生産が10倍に膨れるとは思えず。

 しかし仕掛けも不明。


 おそらくこれは、アヌトリアの戦略に間違いありません。


 ドワーフ工房で魔武具を製作し、下の兵まで魔武具をある程度行き渡らせていることから危険視しておりましたが、日那と繋がったことで、かの国が動き出したとみて良いでしょう。


 アヌトリアは、そう遠くない未来、ユーフォニア王国に戦争を仕掛けるでしょう。


 それをどう食い止めるか。

 どう世界の均衡を保つか。

 判断をお待ちしております。



 以前神から啓示がありました『教皇庁指定危険因子No1の断罪執行』について。


 天静(アマノシズカ)の存在を現在も確認。

 神はまだ断罪されてないと推測されます。


 日那は国力こそ低いですが、平民まで武装している国家。一筋縄には行きません。

 さらにかの者が出てくれば、戦況は一気に敗北へ傾くでしょう。


 アヌトリアと日那の分断は、神がNo1の断罪を遂行するまで避けられますよう、お願い申し上げます。

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