第258話 可哀想な最終試練
穴の恐怖から復帰したシズカが、アルトの腹部に拳を捻り込んだ。
その衝撃にシズカを放り出してアルトはうずくまる。
口の中から内臓が間欠泉のように噴射されるかと思うほどの衝撃だった。
助けて上げたのに……解せぬ。
「女に無闇に手ぇ触れるんはアカンで」
「ず、ずびばぜん……」
何故だ……。
助けたのに、何故強烈なボディーブローを食らわなければいけないのだ?
疑問に思うが、しかし腹を殴られる未来にたどり着けて良かった。
……良かったのだ。そうアルトは自らに念じた。
「師匠はなんでシズカを助けられたんだ?」
アルトの胃痛が治まったころ、広間への警戒を続けるリオンが口を開いた。
「空から降りて来た光は、地面に円を刻んでいましたよね。けれどそれは、地面を掘削はしなかった。鉄扇を音もなく溶かすほど高威力の魔法を受けても地面が破壊されなかったのは、地面までしか届かないように狙ったか、あるいは狙った対象以外に反応しないものなのか――」
どういう理屈かは不明だが、兎に角光は地面で止まっていて、性質上その先には届いていなかった。
「――であれば、地面に穴を掘って中を〈グレイブ〉で繋げてしまえば、もしかしたら助かるんじゃないかと思ったんです」
もちろんそれは狙って行ったわけではない。
アルトのすべてのスキルを出し切った結果、数あるスキルの中から〈罠〉がうまくはまり込んだだけだ。
穴に落ちる瞬間、アルトは無意識的に地中で穴をU字に変化。まるでジャンプ台のように〈罠〉を伸ばしてシズカを救い出したというわけだ。
「もし中まで光の力が届いていたなら、もう完全にお手上げでしたけどね」
「え? もし光が中まで届いとったら、ウチ、穴の中で死んどったんかもしれんの?」
「…………」
「答えぃや!!」
再びボディブロウ。
今度はうまく受け流す。
だが衝撃を殺しきれず、再びアルトは地面に膝を落とした。
「あ……あれ以上中にいても、どのみち、死んでたじゃないですか……」
「せやな。せやから、ありがとさんのお礼やで?」
それほどまでに穴の中が嫌いだったのか……。
魔法の性質が判らなかった以上、確かに出たとこ勝負ではあった。
だからって、救った相手にお礼(物理)は辞めてもらいたい。
「ねえ、ここに退避してるのはいいけど、また魔法が打たれるってことはないの?」
「…………どうなんですか?シズカさん」
リオンが言うとおり、確かにその可能性は十分にあり得る。
兎に角光から逃れるために通路まで退避してきたが、またボス部屋や迷宮を出た直後に魔法で狙い撃ちされては、今度こそ逃げ切れない。
「それは、大丈夫やろ?」
だが、シズカは自信ありげに鼻を鳴らす。
その音には聞くだけで、理由はわからないが無条件に大丈夫だろうと安堵できる響きがあった。
「敵さんは何度も無闇に力を下せるもんではあらへん。ウチらにマナがあるように、相手にだって神力を行使出来る限界がある。せいぜいいまみたいな力は無理をして1年で1回。やないと、毎日ぎょうさん善魔が現れとるで」
そう言われてみれば、確かに善魔はユーフォニアと日那とで5~6年は間が空いている。さらに今回の魔法の行使は最後の善魔から1年以上経っている。
魔法はそう連発出来ない仕様なのか。
「ええと……相手は邪神なんですよね? 力は無尽蔵とかじゃないんですか?」
「んな神がおるわけないやん。存在の階層がちゃうだけで、神かて人と同じようなもんやで?」
「……え?」
「あんたが神をどう想像しとるかわからんけど、神はフォルセルス教の司教が説いとるような全能ちゃうんやで?
そもそも全能なんて、言葉そのものが矛盾しとる。そないな存在が、神として成立するわけあらへんやろ?
全能は『なんでも出来て、なんも出来へん』ことや。なんでも出来て、なんも出来へん。そないな矛盾した存在が神だとしたら……なんかに似てへん?」
「…………ええと?」
「初めは乳飲んで寝るしかできひん奴が、成長してなんでも出来るようになる。出来ひんことも経験出来るし、出来ることも経験する〝可能性がある〟。どや? 人間みたいやろ?」
「まさか神は、元々は人?」
「そう言い切れるほど情報はあらへんで? ただ、理詰めで考えれば人と似すぎなんや。せやから、存在は人と同一ではないとしても、神には人と同じ限界がある。でなければ、存在の矛盾の重みに耐えきれず、フォルテルニアが破滅するわ」
神がこの世に実在するからこそ、その存在の重みが直接世界に影響を及ぼす。
あたかもビーバーの巣のように。
神には限界があるという言葉は、神が全知全能の存在を指す世界で育ってきたアルトには、あまりうまく思い描けない。
「じゃあ、このまま外に出てもあの魔法は降りてこない?」
「せやな。狙った相手を軽く消滅させる魔法をバンバン撃てるなら、神代戦争なんて1日で終わっとったわ」
その言葉が、アルトにはもっともしっくりきた。
たしかに、狙った相手を消滅させられる魔法をガンガン発動出来るなら、100年も戦争は続かない。
安易に手を下せないからこそ、人種同士が争い、大量に血を流したのだ。
「さて、生き残ったことやし、願いを叶えたるわ。――そん前に」
神の魔法が降り注いだ部屋から、奇妙な気配が発生。
それはぐんぐん増大していく。
「ウチからの最後の試練や。これを3人で乗り越えてみぃ。ま、いまのあんたらならあっさり攻略出来るやろぅけどな」
そう言うと、突如部屋に巨大な龍が姿を現わした。
いままで部屋をチラ見し続けたが、1度も姿を見たことがなかった。
最悪の迷宮の最奥にいる、最強のボス。
「あ、ありがてぇ。最後にこんな勇者向きな相手を恵んでくれるなんてな!」
いつものように足をガクガクさせながらも、リオンは顎を上げる。
「……良い相手」
まるで肩慣らしをするかのように、マギカは軽く腕を回した。
「じゃ、行きましょうか」
気負うことなく、アルトはマナを開放する。
相手は迷宮最強のドラゴン。
だが、それでもシズカには遠く及ばない。
ならば神の魔法で感じた無力感。
鬱屈した気持ちを発散させる相手にはふさわしい。
憂さが晴れるまでフルボッコするから、簡単にくたばってくれるなよ?
「さ、全力で殴りましょう!!」
アルトとリオン、マギカが同時にドラゴンに向かって走り出す。
『……何奴?』
「シャベッタァァァァァ!!」
ドラゴンがアルト達に語りかける。
そう、やはり本物のドラゴンは喋るのだ。
そう告げていたはずなのだが、リオンは眼球を射出しそうなほど目を剥いた。
アルトの記憶にある、あの決して勝てないと思わせた相手。
絶対的差を思い知らされたドラゴン。
『貴様等、ここへ足を踏み入れて唯で済むと――アダ、ちょ、まて! まだ儂が話してる最中――ぐあぁぁぁ!!』
1時間の戦闘の後、哀れ最強のドラゴンは、口上を最後まで述べることが出来ないまま巨大な魔石を残し、迷宮へと還っていった。
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ブラックドラゴン「えっ、私のシーン、これだけ?」
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