第261話 間章 神々の戯れ2

「ほら、言わんこっちゃない……」


 アルトが目の当たりにしたものを見て、彼女は頭を抱えた。


 やはり、邪神の力が振るわれてしまった。

 それも特別性。


 ユーフォニアに現われた善魔は、アルト達でギリギリ倒せるかどうか。

 だが倒せば、その生命力を暴発させ、周囲すべてを灰燼に帰すだろう。


 エルメティア・アマノメヒトがやらかしたせいで、邪神に目を付けられてしまったのだ。


 折角どうにか出来ると思っていたのに。

 こっそり、邪神に見つからないように英雄を救えると思っていたのに。


 ここへきて、完全に狙いが露見してしまった。


「ん? あれ見てよ。アイツ、仁義の短刀使ってるよ」

「え?」


 見れば、確かに仁義の短刀――カーネル家に伝わる宝刀・宝具を手にしている。

 だがあれは、初代カーネルにのみ与えられた宝具。


「アル。どういうこと?」

「知らん。あれは神力で制約を行い、1人しか使えんように作った。別の奴が使えば体が凍り付くはずじゃが」

「となると……」


 彼女は残る1人に目を向ける。


 穴蔵同盟唯一、アルトの存在をここまで無視していた男。

 戦神アグニ。


「……どうして?」

「奴は自分の為じゃねぇ。誰かの為に、誰かの命を守る為に戦ってやがる。それこそが、戦い。奴は本当の戦いに身を置いた。であれば、祝福してなんの問題がある?」

「…………そう、だね」


 そう。

 1度目のアルトは自分のためだけに戦っていた。

 自分が強くなって、自分が下克上をして、自分がもてはやされるために、戦った。


 それを、アグニは全否定した。

 どれほど努力しても、どれほど強い相手を打ち倒しても。

 彼は決してアルトを認めようとはしなかった。

 それは、戦闘が自分のためだったからだ。


 そもそもこの世界は、傷付いた魂を癒す場だ。

 そこにいる戦神が、誰かを傷付けるための戦いを望むはずがない。

 たとえその力が魔物にのみ向けられるものであっても……。


 それは己を守ること。誰かを守ること。約束を守ること。

 自分や他人を傷から守り、癒すための戦いこそが、彼が司る力なのである。


 その彼にアルトが認められたことが、何故か彼女は、自分のことのように嬉しかった。


「…………みんなで怒られようか」

「えぇ!? アタシは遠慮するから!」

「一番手ぇ下してる奴がなにを言ってやがる!」

「……不公平」

「そうじゃそうじゃ! 儂はまだ力を与えておらんのだぞ?! せっかくじゃからこの隙に」

「ちょ、ダメだよアル! 特製耐性はやり過ぎ――」

「うるさい! みんな好きにやっとるのに、儂だけなんもせなんだら、損じゃろ!」

「損って……」


 穴蔵同盟は久しぶりに、大声で怒鳴り合う。

 まるでそれは、初めてフォルテルニアを作って、そこをどんな世界にするか話し合ったときのようだった。


 だがすぐにその声が途切れる。


「…………」

「あっ、やば……」


 扉から姿を現わした〝男〟が、穴蔵同盟を睨み付けた。


「お前等、五月蠅い。外まで声が漏れてる。いい加減にしろ」

「すんません」

「すまん」

「悪い」

「ごめんなさい」

「ん……」


 五者五様で謝るが、内心頭を下げているものは1人もいなかった。


 ついに、来た。

 扉が開かれた!

 悪神が動いた!!


 彼女は歓喜するが、努めて表情を消す。



 やはり、アルトにベットした我々の考え方は正しかった。

 途中、イカサマやズルをして転がった球に、勢いを付けたり道を変えたり、はたまた飛翔させたりもしたが、誰1人アルトにおいたチップを下げる者はいなかった。


 おそらく皆、気付いている。


 あれだけフォルテルニアに痛めつけられても、まだ諦めず、ただまっすぐ力を求めているその人こそが、この場所までたどり着けるだろうことに……。


「ほんと不思議なんだけど、あの子、なんであそこまで頑張れるの?」

「頑張ってるったぁちっとも思ってねぇんだろうな」

「ん。愉しんでる」

「まったく不思議な男よのぅ」


 アルトの存在を無視出来なくなった神々は、彼の動き一つ一つに敏感に反応していく。

 まるで、いままで何故こんな奴に気付かなかったのか? と、己の失敗や恥いる気持ちを隠すかのように。



「もっと奴を試してみてぇんだが」

「ダメです」

「え?遊ばせてくれんの!?」

「エル……話聞いてた?」

「船旅中に嵐を起こして難破……そして無人島開拓生活……。そして現われる強大な敵!! 実に滾るわ!」

「絶対辞めてね!?」

「強大な敵……おいエル、奴に野良悪魔をぶつけようぜ?」

「アグニナイスよ!!」

  「ドラゴン……。かわいい」

  「エルの好みは、儂にはさっぱり判らんわ」

「みんな……僕の話聞いてよ……」

「アンタばっか狡いのよ! さっき外道って職業仕込んでたじゃない!」

「何故エルがそれを……!」

「アタシの嗅覚舐めないでよね! ほらアタシにも面白いことやらせなさいよ!」

  「面白いのは、エルの頭」

  「メヒトぶっころ!」

  「……っふ」

  「んぎゃぁぁぁぁ! 腕!腕取れるぅぅぅ!!」

「のぅアグニ。お主はあの動きが出来るか?」

「馬鹿言え。あんな変態みたいな動き、俺が出来るわけねぇだろ」

「変態……。さっすがアグニ! 早速アイツの職業にするわ!」

「やめてぇぇぇ!!」


「はぁ!? なんであんだけある魔石を全部寄付しちゃえるわけ!? 頭おかしいんじゃないの!?」

「あの、スキルを合成する技はなかなかじゃのう。あれは、本当に人間か?」

「ありゃ超人だな」

「超人か、愚人……」

「最高の阿呆でしょ? 金も名誉も投げ捨てるなんて、あんなの人間としてあり得ないもん」

「阿呆じゃないよ。彼はハンナのことしか見えないんだ」

「……ん」

「……そうじゃな」

「いいえ、馬鹿ね。友馬鹿よ」

「はっ、ちげぇねぇ」


「うわ! アイツ変態って言われて、悦んでる」

「「「うわぁ……」」」

「……もう、本当に変態でいいんじゃない?」



〈神々が恐れる変態〉


 この称号を、いつか君に贈ろう。


 きっとステータスプレートを開いた君は驚くだろう。

 そしてむせび泣くはずだ。


 だって、誰かに勇者や英雄や救世主と呼ばれることよりも、君は変態と呼ばれることをなによりも悦ぶ変態なんだから。


 ねえ、アルト。

 だからもう少しだけ、僕らに夢を見させて欲しい。

 もう少しだけ、笑わせて欲しい。


 あと少しだけ。

 なにも出来ない僕らに、ハンナを救う最高の夢を。

 離別までの最高の歴史を、最高の愛とともに……。

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