第74話 リオンの怒り

「俺、この前ようやくファイアボールが打てるようになったんだよ」

「なにそれ。いまファイアボール打てるって、魔力高くない?」

「いやいや全然だよ。ユーフォニア王国12将のガミジン氏は、ファイアボール程度何最低でも100発は撃てるという話を聞く。上を見れば俺なんてまだまだだよ」

「それを言われると辛いな。僕なんてまだ、ヒートが放てる程度だ。ただ筋力には自信があってね。この前、ようやく100キロの錘が持てるようになったんだ」

「それはすごい。もう大人と同程度じゃないか」

「いやいや、やはり僕もまだまだだよ」


 一見すると慰め合っているように聞こえる同級生の台詞だが、ちらちらとこちらを見て発言しているあたり、アルトに身体能力自慢をしているようだ。


『農民とは格が違うんだよ格が!!』

 そんな台詞が聞こえてくるようだ。


(さあ、そろそろこちらに話題が振られるぞ)


「なあ、アルト。君はどうなんだい?」


(ほらきた)


 こちらの言う数値を笑う準備が出来ているのだろう。

 男子2人の目が、爆笑待機モードに入っている。


「ファイアボールはもう打てるかい?」

「いやいや、さすがにファイアボールは無理だろ。ヒートくらいじゃないか?」

「くすくす」

「くすくす」


「ファイアボールなら、100発は行けるかなあ?」

「…………は?」

「くっくっく。冗談でも笑えないなぁ」


 いや笑ってるよねキミ?


「で? 実際はどうなんだ?」

「後先考えなくて良いなら200発」

「だから嘘をつくなと言っている!」


 バシン、と力任せに机を叩いた。

 いまごろ手が痺れているだろう。可哀想に。


「A組の特待生と仲が良いからといって調子に乗るなよ農民が」

「はあ……」

「噂では貴様、☆1なんだって?」

「っくっくっく。☆1なんて虫以下じゃないか。おまえは人間ではなく、虫なのか? いや、それではあまりに虫に失礼か」

「農民でクズの劣等者め。貴様のようなクズが、僕達と一緒の空気が吸えるだけありがたいと思え」


 どうやら彼らが言いたいのは一言だけらしい。


『俺を誰だと思ってるんだ?』

『僕を舐めるなよ?』


 貴族など、一皮剥けば所詮その程度の存在なのだ。


「……そういえば、この前マギカにシチューをぶっかけてましたけど、あのあと謝罪はしましたか?」

「そ…………」

「今はそんな話をしていない!」


 アルトの指摘で言葉を失った方が実行犯だ。

 反応がわかりやすい。


「きちんと謝らないと、後々怖いですよ? なんせ彼女、教皇庁指定危険因子ですから」


 おいおい、俺のダチは悪なんだぜ? とオラついてみせたら、あっさり男子二人が一気におとなしくなった。

 やはり子どもは素直で助かる。


 虎の威を狩る狐のようだが、農民では逆立ちしたって貴族の権力には勝てない。

『☆1は劣等者』発言が事実である以上、力に任せてボコボコにしても、大人げなく論破しても、最終的にパパが出てきて政治問題――というかその前に放校されるので、アルトは攻撃に出られないのだ。


 休み時間になって廊下に出ると、仁王立ちしたリオンに捕まった。


「な、なんですか先輩。焼きそばパンですか?」

「茶化すなよ」


 いつも茶化す人に怒られた。

 いじめよりも、ショックだ。


「で、なにかあったんですか? モブ男さん」

「なんであんな奴らを黙らせられないんだよ?」

「黙らせるって……」

「腕っ節が弱い、魔力もない。聞けば、このクラスのステータス平均値は、師匠の十分の一くらいって話じゃねえか」

「うん。でも子どもならそれくらいは妥当ですよね?」

「そうじゃなくて、そんな雑魚、どうして指先一つでダウンさせないんだよ!」


 確かにその通りだけど、アルトはただの農民である。

 貴族と戦うつもりは微塵もない。


「なんで黙ってんだよ。おまえは俺の師匠なんだぜ? 師匠が馬鹿されるなら、じゃあその弟子の俺はどうなるんだよ!?」


 そこでやっと、リオンが怒っている理由に気がついた。

 はぁ、とアルトの口からため息が漏れる。


(1から10まで言われないと気づけないなんて……)

(僕は、ただの阿呆だ)


 胸にせり上がった言葉のない感情をぐっと飲み込んで、アルトは口を開いた。


「ごめん、リオンさん。惨めな思いをさせて」

「べ、別に謝ってほしいわけなくてだな……うん。ただ、舐められっぱなしってのも癪なんだよ。……わかるか?」


「分かります。けど、相手にはなにも出来ないんですよ。実力を示そうにも、戦う機会はないですしね」

「校舎裏に呼び出してふるぼっこすればいいだろ」

「あのですね、学校での暴力事件は御法度ですよ? そういえばこの前、剣を抜こうとしてましたね、モブ男さん」

「む。なんで呼び名が戻るんだよ……」


 リオンの顔が一気にぶすっとした。


「生徒手帳の校則は読みましたか?」

「ええっと……うん!」

「読んでませんね」


 リオンはまるで炎色反応のようにわかりやすい。

 こめかみを押さえつつ、アルトは口を開く。


「校内で武器を用いる行為、剣を抜くなどを行った場合は退学。また、魔術の行使も同様とする。もしこの前、剣を抜いていたらモブ男さんは一発退学でした。わかりましたか?」

「……はい。あ、でもばれない場所で――」

「ダメです。諦めてください」


 何故そんなズルをしようと思うんだこの男は……。


「けど、やっぱり……笑われるのは駄目だ。我慢出来ねぇ」

「笑われて、なにか変りますか?」

「それは……師匠の評価が…………」

「評価が落ちようとも、良いじゃないですか。僕は別に、この学校を卒業したいわけじゃありませんし」

「へ? そうなのか?」

「当たり前じゃないですか」

「えぇえ……。師匠が学校に入ったのって、無双するためじゃないのか? だから底辺のD組でもヘラヘラしてたのかと思ったのに」

「しませんって」

「『さすが師匠だぜ』って台詞、滑らかに言えるよう陰ながら努力してきたのに!」

「世界一無駄な努力ですね……」


「んで、どうすんだよ?」

「今後は、時期を見て退学します。当然、学生相手に無双もしません。モブ男さんはどうします? 学校、卒業しますか?」

「皆まで聞くな。師匠のバカタレ!」

「あ、はい。すみません」


 理由は分からないが怒られて、つい口癖のように謝ってしまう。


「とにかく、そういうわけです。大切なのは学校生活じゃありません。大切なものは、もっと別のところにあるんです。だから、笑われたって、僕がその大切なものを譲らなければ、なにも変りません。分かってもらえますか?」

「……わからないけど、師匠に思惑があるなら、黙って付いてくぜ」

「ありがとうございます」


 どこまでもな……。

 リオンのその呟きは、アルトの耳には届かなかった。

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