第214話 早速迷宮へ
「……なんで、大きさが判ったの?」
「ええと、身長と体型をざっくり説明しただけなんだけど」
「ふぅん」
「……本当だよ?」
決して、昔キノトグリスの風呂場で見たマギカの姿をばっちり覚えていたわけではない!!
断じて疚しいことは一つもないぞ!!
「尻尾の位置が、ぴったり」
ぎくっ!
「胸のサイズも……」
ぎくぎくっ!!
「さすが変態……」
うぐぐ……。
マギカは無表情のまま、鋭く尖った耳をアルトに向ける。
アルトは額に冷たい汗を浮かべる。
そんなアルトを見て、問いただしても答えないと諦めてくれたのか。マギカはため息をひとつついて肩を落とした。
「とりあえず、ありがとう。強い鉄拳は、欲しかった」
「? よかった……」
アルトはほっと胸をなで下ろす。
マギカは服と胴を袋に詰めて、鉄拳をその場で左手に填め込んだ。
鉄拳は、まるでマギカのためにあつらえたようにその手にピタリと収まった。
(マギカはもう、強い鉄拳を持ってるはずだけど……)
そんな思いは彼女の軽いジャブで立ち消えた。
シュッ――。
音を置き去りにする拳。
腰を入れずに放ったのに、二メートル離れていても感じる風圧。
これは、かなり溝を開けられたかもしれない。
全身に冷たくなった血液が駆け巡る。
一体彼女がこれまで、どれほど努力してきたか。そこに至るまで、どれほどの苦労を重ねたことか。
おそらく彼女はハンナを助けるために、本来は単身で乗り込むつもりだったのかもしれない。
詳しくは、判らない。
彼女は『奪われた』、だから『探していた』とだけしか口にしなかったから。
けれどただ黙って5年を過ごしていたわけではないだろう。
5年間。レベルと熟練をひたすら上げ続けたに違いない。
アルトは意識を失っていたとはいえ、そこから2年と少し。
彼女ほどの努力をしていただろうか?
自分では、全力で走っていたつもりだ。
だが彼女の強さの気配を目の当たりにすると、実は止まっていたんじゃないか?と思えて悔しさがこみ上げる。
それが溢れる前に、アルトは気持ちを切り替える。
無理矢理元気を空転させて口を開く。
「武具の店巡りは後で。先に宿を見つけましょう。モブ男さん、鉄則ですからね? まずは宿」
「はいはい。ほんと師匠は宿に五月蠅いよなあ」
そう言いながらも、リオンはきちんと宿を選別し道案内を買って出てくれた。
リオンが案内した宿は、アルト達が入ってきた南門からさほど歩かない場所にあった。
見栄えはどこか懐かしい。入り口正面にある、1メートルもない小さな松を眺めていると、着物姿の仲居さんが出迎えてくれた。
かなり雰囲気の良い和風宿だ。
「すみません、1人部屋をそれぞれ3部屋取りたいのですが、開いていますか?」
「はい。何泊のご予定ですか?」
ひとまず部屋を半年分確保し、仲居さんにお金を払う。
トウヤは湯治宿の多い街だが、さすがに半年も止まる人は滅多にいないのだろう。
渡されたお金を見て彼女は僅かに驚いていた。
部屋は座敷でもちろん畳だ。
久しぶりの畳を堪能し、アルトはこっそり宿を抜け出す。
向かう先はフォルテルニア最悪の迷宮。
そこはトウヤから東へ1キロの地点にある。
丸裸の斜面から、所々白い煙が舞い上がっている。
高くそびえる山々。
生命が死に絶えた場所で感じる、強い星の息吹。
そんな風景を眺めながら突き進み、アルトの目が迷宮の入り口を捕らえた。
噴火口のように落ちくぼんだ地面にぽっかり開いている。
そこが迷宮の入り口なのだが……。
はて?
アルトは僅かに首を傾げた。
迷宮の入り口に数名、腰に刀を差した羽織袴姿の男――ブシが佇んでいる。
迷宮の入り口から出てくる魔物を退治するため……というより、むしろその逆に彼らの視線が向けられている。
以前アルトが訪れた際、迷宮の入り口は無防備であり警備など立ってはいなかった。
日那州国の迷宮の所有権は国にあるが、管理しているのは冒険者ギルドである。
ギルドが管理しているのなら、公務員的立場にある武士が立っているのはおかしい。
スタンピートするわけではなさそうだし……。
まさか、イノハの迷宮のように国が管理するようになったのだろうか?
ギルドが管理しているという情報は、以前のアルトの経験から来ている。
しかしそれが今回も同じである補償はどこにもない。
(無理矢理突っ切るのは……まずいか?)
あと3年。
たった3年で善魔を何体も倒せるようにならなくてはいけない。
そのためにはどうしても、この迷宮でのレベリングは欠かせない条件だ。
それに、マギカの存在も大きい。
――進め、進め、進め!
彼女が僅かに見せた大いなる成長の片鱗が、アルトをどうしようもなく突き動かすのだ。
アルトは己の気配に集中する。
〈気配遮断〉と〈隠密〉。それらをほぼ同時に発動。
気配が消え、さらに姿が薄らいでいく。
発動したアクティブスキルが混ざり合い、パッシブスキルの〈隠形〉へと変化する。
アルトは気配を消し、意識を沈ませ、ゆっくりと物陰から入り口へと近づいていく。
ブシは、全部で6名いた。
しかし彼らは全員アルトの存在にまったく気づかない。
武士達に気取られぬうちに、アルトは迷宮に潜り込んだのだった。
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