第213話 あたらしい国、異世界人のクニ

「ほんっっっっっと師匠っておかしいんじゃないか!?」


 青白い顔をしたリオンがアルトに掴みかかるような勢いでがなりたてた。

 だがすぐそのあとに口を押さえ、遠くまで掛けていく。


「オオォォォォォ!!」


 地獄から響き渡る亡者の声に似たリオンの嗚咽が、遠くより聞こえてくる。

 ちなみにマギカの姿もここにはない。彼女もリオン同様に、今頃エレエレしていることだろう。


 こうなったのは、すべてアルトに原因がある。


 アルトは2人がしっかり取っ手を掴んでいることから、きっと愉しんでいるのだろうと思っていた。

 まるでバナナボートのような感覚で船体を飛ばし続けたのだが、どうもそれは勘違いだったらしい。


 2人は船体に揺られ、酔ってしまった。


 しかも最悪なことに、アルトは最後の最後で全力で船体を動かしたため、陸地が見えてもブレーキが効かず、そのまま陸地に乗り上げ飛翔。

 百メートルほど飛び、地面に激突してイカダMark2は大破してしまった。


 船から投げ出された2人を、アルトは【ベクトル変換】と【風魔術】で減速。落下の衝撃を最小限まで食い止めた。

 マギカは慣れたもので、空中で数回回転し見事に着地。しかしそれがダメ押しになったらしく真っ青な顔を地面に向けてエレエレした。


 かなり減速したはずなのだがリオンは頭から地面に突っ込んだ。他人事ながら惚れ惚れする、見事な着地である。

 その後、なんとか地面から脱出したリオンがアルトを怒鳴りつけ、怒りメーターが下がった途端に吐き気メーターが上昇。

 そうして現在に至る。


 そんな2人を余所に、アルトは辺りを見回した。

 立っている場所から見える景色は、東島だろうと“再鑑定”が曖昧に答える。

 おそらくこの場所を夜に見たことがないからそのようなピントのボケた鑑定結果が出るのだろう。

 朝になる頃にははっきりするだろうが、ここで野営するより少し歩いて町に近づいた方が良いかもしれない。


「師匠……覚えてろよォッ!」

「絶対、忘れない」


 2人の怨嗟が突き刺さる中、アルトは東島州都トウヤに向かった。



 日那州国はその名から感じる雰囲気の通り、建国者は元〝異世界人〟である。

 彼らはここが最も自らの国に近いだろうということで、ケツァム中立国東に点在する島々を開拓した。


 気候は春夏秋冬ではっきり別れており、花々や木々に至るまで日本によく似ている。

 地形や気候が同じで、さらにそこに住む人間に共通点があれば、別の世界であろうとも似てしまうのだ。


 建物は異世界式。農民の家は合掌造り、町人は平屋で、ブシと呼ばれる上流階級の家は屋敷と、フォルテルニアとは違う空気の街並が広がっている。

 ちなみにブシは貴族と同義だ。日那の国家システムを作り上げたのが元〝異世界人〟であるが故に、貴族の呼称がブシで定着したようだ。


 国宗は天上命神(アメノメヒト)教。

 アメノメヒトは皇神。あるいは獣神と呼ばれているが、ほとんど日那州国でしか信じられていない。


「師匠! 武具店巡ろうぜ!!」


 リオンがいつもになく張り切っている。

 狙いは間違いない。この国の特殊な武具だ。


 前回アルトもこの国に来た時は武具店を巡り武器を買いあさった。

 店にはクナイ、手裏剣、刀、十字槍がずらりと並んでいる。

 ここは中二病患者(ぶきだいすきっこ)にはたまらない国なのである。

 勇者という時点で中二病患者待ったなしのリオンが反応しないわけがない。


 今回アルトは、残念ながらリオンと同じ気分にはならない。

 武具の製法はドワーフからほとんど教わっているし、【武具製作】の熟練もかなり高い。前回に一度日那の武具の製法を学んでいるため、作ろうと思えば作れてしまうのだ。

 実際アルトの短剣も、短刀のように片刃で反りを加えている。

 もう刀を手に入れているようなものなので、あまり高揚しない。


「あっ! そういえばマギカに贈物があるんだ。ルゥ、お願い」


 そう言って、アルトはルゥにマギカ用にまとめた袋を取り出してもらう。

 ルゥが吐き出した袋を開き、中から鉄拳と胴、皮の服を取り出した。


「前にドラゴンの素材を山分けにしたでしょ? そのうちのボクの分でドワーフに作ってもらったんだ。ドワーフが丹精込めて作ったものだから、出来れば装備してほしいんだけど、どう?」


 アルトは上目遣いで、すっかり身長が低くなってしまったマギカを見下ろした。

 マギカはアルト差し出した装備を見て、その瞳の色を変えた。


 いつも通り無表情なのに、耳がヒャッホオオオウ!と右左に暴れ回り、いいの?ねえいいの!?と尻尾がぶんぶん横揺れしている。


「これは?」

「ドラゴンの骨と牙、それにミスリルで作った鉄拳だね。きっとマギカがほしがると思ってかなり小ぶりに作ってもらったんだ。ただ、拳部分は小さいけど左面の防御力を強化する形になってるから、盾としても使えるよ」

「こっちは?」

「それは日那州国式の防具で、主に上半身の胴を守る胴。ドラゴンの硬い部分をなめして重ねて、さらに鱗を内部に挟み込んでるから、防御力はかなり高いよ」

「服?」

「そう。それもドラゴンの皮だね。柔らかい部位で作ってるから、動きは阻害されないと思うよ」


 マギカはワンピース型の服(インナー付き)の胸部分をつまみ上げ、自分の体と見比べる。

 そして、何故かアルトに冷たい視線を向けた。


「……なんで、大きさが判ったの?」

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