第3話 赤ん坊からリトライ

「うーあー。あうー?」


(……えっ!?)


 意識が浮上すると同時に、アルトは驚愕に目を見開いた。


「あっあっあー?」


 言葉がしゃべれない。

 体があまり動かせない。

 指があまり動かない。

 目が見えにくい。

 耳が聞こえにくい。


 先ほどまで魂だけだったアルトの体が、赤子に変化していた。


(あー……、考えてみれば当然か)


 アルトは神に願い出て、再び人生をやり直したのだ。

 やり直すということは、最初は赤子からスタートである。アルトの体が赤子になったのも当然である。


 アルトが抱えた痛みが、歴史が、喪失が、リセットされた。

 可能性(すべて)を手にした状態での再スタートだ。


(……そうか、今なら、出来るんだ)

(大切なものを失わないように!)

(そのためにも、とにかく早いうちに沢山鍛えないと……っ!)


 新たな生の始まりに、アルトは気合を入れ直した。

 その時だった。

 突如、目の前に半透明の板が現われた。


「――?」


 それを見たアルトは、はじめ父か母がなにかしたのかと思った。

 しかしアルトの近くに両親の姿はない。


 半透明の板は相変わらず宙に浮かんだままだ。


 アルトは未発達で見えにくい目を凝らす。

 すると、板に文字が書かれているのがぼんやりと見えてきた。



【名前】アルト 【Lv】1 【存在力】☆

【職業】作業員       【Pt】0

【筋力】1   【体力】1

【敏捷】1   【魔力】1

【精神力】1  【知力】1



(なんだこれ?)


 はじめ困惑していたアルトだったが、次第にこの板がなにを表しているかが理解出来てきた。


(……もしかして)

(これは僕の、ステータスなのか?)


 前世での経験から、アルトはそれが自らの身体能力を表した数値だと理解した。

 しかしながら、数値化されたステータスをアルトは前世で目にしたことはない。

 数値化出来たという話すら聞かなかった。


 フォルテルニアにある神六柱――正義神フォルテミス、技神ゼマイティス、戦神ラルゴ、生命神ディアトニク、自然神アマノイロハ、運命神ネイシス――それぞれの教会で、神官の法術による〈能力鑑定〉が受けられる。


 鑑定出来る項目は、レベルと天賦、職業と存在力の四つだけ。

 つまり、神力を借りても、ステータスは数値化されないのだ。


 にも拘わらず、この板にはアルトの身体能力と思しき力が数値として書かれていた。


(……あり得ない)

(なんでステータスが表示されるんだ?)


 考えて、ふと気付く。

 アルトには、前世と今世で違う点が一つある。


(もしかして、新しい天賦の力か?)


【天賦(ギフト)】創造


 アルトが今世で選んだ天賦『創造』こそが、このようなステータスの詳細表示を可能にしたのだ。


 フォルテルニアにある天賦の数は5つと言われている。

 だが、あの靄が提示した天賦は6つ。


 つまり、フォルテルニアには存在しない天賦があったのだ。


 どういう理由でその天賦を提示したのか、神ならざるアルトにはわからない。

 しかし、これだけは確信出来た。

 この天賦が、未来を改変する唯一の手段なのだ……と。


(これは、すごいことになった……)


 アルトの喉がゴクリと鳴る。

 心臓がバクバクと胸を打つ。


 ステータスが詳細に表示されたからといって、それだけではなんの役にも立たない。

 しかしアルトなら、この機能を最大限有効活用出来る。


 世界には、万を超えるトレーニング方法がある。

 腕立て伏せだけを取っても、やり方は10を超える。

 逐一ステータスを確認しながらトレーニングを行えば、より効果的なトレーニングを見つけられる。

 この板がない時よりも、圧倒的に成長出来る。


 前世で様々なトレーニング方法を学んだ今のアルトなら、回り道に時間を浪費することなく最短距離で目標まで突っ走れる。

 このステータス表示は、アルトの願いを叶える上で最も重要な機能だった。


 アルトは空中に手を伸ばし、現われた板に触れた。

 すると、新たに小さな板が現われた。


【創造】

 天より与えられた天賦。創造、あるいは他者。

 固有スキル:スキルボード・工作


 さらに説明に触れると、スキルの詳細が浮かび上がった。


(なるほど)

(この板はスキルボードっていうのか)


『スキルボード:自己ステータスの詳細を表示する天賦固有のスキル』

『工作:様々な物体・機能(オブジェクト)を創造する』


(なるほど。僕の職業が作業員なのは、工作(スキル)が原因なのか)


 職業は生まれた時から定められている。

 レベルを上げても、様々なスキルを修得しても、大人になって手に職をつけても、一生変化することがない。


 それは表示された職業が、能力を示すものではなく、その者に生まれつき備わっている適正だからだ。


 ステータスに表示されたからといって、その職業を選ばなければいけないというわけではない。

 ただ、適性のある職業を選んだ方が、大成しやすい傾向はある。


(そういえばこの数値、基準がどれくらいなのかわからないな)


 この世に数値化されたステータスはない。

 そのため、筋力1が強いのか弱いのか、アルトには判断出来なかった。


(まあ、いまは赤ん坊だし1が弱いことくらいはわかるけど)

(大人の平均値がどれくらいとか)

(せめてヒントがあればなあ)


 アルトは嘆息する。

 天賦にしてもスキルにしても、情報がない。いずれも初めてのものばかりだ。

 

 しかし何事も、初めてのものには道がない。


 道はこれから、アルトが地力で生み出さなければならない。

 であれば、【創造】はもってこいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る