第52話 おじゅけん2

「師匠って、勇者のこの俺を持ってしても、なに考えてるのかわからないぜ……」

「ちょこちょこ自分アゲ入れるの辞めません?」


「だってだ、どの冒険者も辿り着けねえような迷宮の深部でレベリングしたと思ったら、次は貴族のお子ちゃま向け学校の入試にチャレンジだろ? なにがやりたいのかさっぱりだ」

「そうでしょうね」

「そもそも、師匠が学校に入る意味ってあんのか? 正直、師匠が学校に入っても教わるようなことはないと思うんだが」

「ないでしょうね」


 こと戦闘に関しては、学校で教わる以上のことを既に習得している。だから強くなるという点において、アルトが宮廷学校に入る意味は全くない。


 また、ハンナを救うという点においても、学校に入学する意味は薄い。

 何故ならハンナは、街の外で襲われるからだ。


 学校に入学するのは、ただの未練だ。

 たとえ前世のように恋人同士になれないとしても、あの頃のハンナの姿を、一目確認したかった。


「…………」

「…………」


 じぃ、とリオンがアルトの瞳を覗き込む。

 五秒、十秒。言葉なくじっと見つめて、不意にため息を吐き出した。


「詳しく聞いても答えなさそうだな」

「…………」


 リオンが言う通りだ。

 口が裂けても答えられない。


「仕方ない。俺もその入試を受けるぜ」

「えっ、どうして」

「だって、師匠の後を追うのが弟子ってもんだろ」


 時々こういうクサい台詞を平気で口にするのだから、アホの子は怖い。

 アルトが言っても、きっとクサいなぁで終わる。

 けれどアホの子が言うと、狙いがないから、言葉が心の中心に突き刺さるのだ。


「…………勉強できるんですか?」


 アルトは憎まれ口を叩いて視線をそらす。それがいまのアルトに出来る対応だった。


「算数なら大丈夫」

「その程度じゃ受かりませんよ……」


 王立宮廷学校は何歳からでも入学が認められている。下は8歳から上は何歳までも。知識と才能があれば誰でも入れる。


 しかし、王立宮廷学校は王国屈指の難関校だ。

 算数が出来る程度では決して受からない。


「試験科目って、何があるんだ?」

「大まかに、実技と筆記があります。実技は魔力と筋力の実技が二つ。筆記は語学、数学、歴史、魔学の四つです」


「筋力測定はなんとかなりそうだな。読み書きができるから語学は良いとして、歴史は……まあ、1701年の経験があるから大丈夫か。問題は魔学と数学か。魔学って、魔術に関する知識でいいのか?」

「はい。それに加えて、魔物の生態系なども出題されますよ」


「ふぅん。魔学なんて習ったことないからわからないんだが、どんな問題が出るんだ?」

「そうですね。たとえば『中範囲燃焼型拡散性中火力魔術を三つ答えよ』とかですね」

「なにそれ? お経?」

「問題です」


 ぽかんとしたリオンの顔に頭痛を覚えつつ、アルトは口を開く。


「答えは〈ファイアブラスト〉とか〈ストーンブラスト〉とか、ブラスト系の名前を書いていれば正解です。一応これ、ボーナス問題なんですよ」

「そ、そうか。まあ、魔術の名前は大体わかるから、一ヶ月間みっちり勉強すれば大丈夫だろ!」

「その勉強を教えるのは、まさか僕じゃないでしょうね?」


 アルトが疑いの視線を向けると、リオンはとぼけた様に視線をそらせた。


「ちなみに数学ですけれど――」

「難しいんだろ?」

「そうですね。弾道計算とか出ます」

「は? なにそれ?」

「数学の問題ですよ。投石機から射出された岩石が到達する距離や時間を計算します」

「……ふぁっ!?」


 リオンの顔が一気に青ざめた。

 それでも強気な表情を浮かべ、口を開いた。


「そそ、そんな計算してなんの役に立つんだよ。ったく、実社会じゃ使わないことを勉強しなきゃいけないってのは、どこの世界の学校でも同じなんだな」


「いえいえ、数学は戦術を組む場合にとても有用なんですよ? たとえば『軍馬部隊が時速10km、歩兵部隊が時速4km、攻城兵器部隊が時速2km。30km先の目標地点に全員が同時に到達するには、どの部隊がいつ出発すればいいか?』みたいに、数学を使って作戦を組み立てていく必要がありますからね」


 宮廷学校は国の官僚や実務とトップを育てる学校だ。

 数学は作戦立案などに欠かせない。

 必然的に、受験者に要求する学力が上がってしまうのだ。


「よし数学は棄てる!」

「お早い決断で……」


 即決したリオンに、アルトは苦笑した。


 数学相手には、さすがの1701年の経験も通用しないようだ。

 試験は総合得点で合否が決定するため、数学を全部投げ捨てても他が高得点なら大丈夫だ。


「…………となると、あとは魔力測定でしょうかね」

「そうだな」


 リオンは間違いなく強くなった。

 アルトはそう評価している。


 だがそんなリオンでも、まだ苦手なことがある。

 それが魔術だ。


 近接戦闘は、一切問題ない。

 だが彼は、未だにヴァンパイアの固有魔術を発動することができずにいる。


 もちろん魔術そのものの難易度が高いことも理由の一つに挙げられるが、一番は彼の【魔力操作】の低さだ。


 彼の基礎ステータスの魔力は、人間の魔術士の平均よりも高い。

 しかし、熟練が圧倒的に足りない。

 このままだと試験の合格ラインを割ってしまう可能性があるい。


「1つ聞きますが、本当に学校に入るつもりですか?」

「当然だろ。だって俺は勇者だからな」

「勇者は関係ない――」


 駄目だ。アルトは頭を振る。

 彼のボケに惑わされてはいけない。


「入試を受けると、もしかしたらモブ男さんがヴァンパイアだってバレるかもしれませんよ?」

「それは……大丈夫じゃないか? ブレスレットって、種族まで表示されないだろ?」

「そうですね。でももしかしたら学校には、見た目だけで種族を判別できるスキル持ちがいるかもしれませんよ?」


 アルトはそんなスキルを知らない。

 だが、アルトやリオンが自分のステータスを詳細に把握出来ているように、他人のステータスを鑑定出来る者がいる可能性はある。


「そうなったら、どうします?」

「それでも、やるぜ。俺、逃げ足だけは自信があるからな!」

「胸張って言うことじゃないと思うんですけど」


 彼の発言に、アルトは思わず吹き出しそうになった。

 けれど彼は至極真面目だ。ボケているわけでもなんでもない。


 むしろ、覚悟を決めていた。


「であれば秘策があります。僕の案に伸るか反るかはモブ男さん次第で――」

「乗るぜ!」


 考える素振りもなしに即答する。

 それが彼の信頼の証だと気づくと同時に、アルトの胸が熱くなった。


「……じゃあモブ男さん。入試が始まるまでのひと月のあいだに、あなたに徹底的に魔術を仕込みますので、よろしくお願いします」

「俺は勇者だ。全力でぶつかって来い! じゃないと簡単に跳ね返されるぜ?」

「ええ、それと――」


 アルトはにやりと口元を斜めにする。


「試験代はご自分でお支払いくださいね」


 それは恥ずかしさを誤魔化したアルトのジョークだったが、リオンには致命的なまでの効果を発揮したのだった。

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