第53話 おじゅけん3
王国中から集まった試験生が、学校の様々な開場に通されている。
今年の試験生は去年よりも数百名多く、1万人を超えていると聞く。
その中より特に秀でた人物を選りすぐり、100人の生徒が合格する。
魔術試験の担当者であるドイッチュは、今日の試験を前にかなり意気込んでいた。
それもそのはず。1万人も集まった受験生の中に、これから宮廷学校に所属し、いつか王国の中枢で働く人物が現れるかもしれないのだ。
一流の人材を育て上げることこそ教師の誉れ。
そんな人物が自分の前に現れるかもしれないと考えると、意気込みは相当なものだった。
用意したのは1つのマスだ。
魔術試験は至って単純で、このマスに魔術を使って水を注ぐ。
このマスにはそれ以外のクリア方法もあるが、基本的にはマスを水で満たせば合格だ。
一番点数が高いのは、なみなみまで注ぎ、かつ一滴も零さない場合だ。
基礎魔力はもちろんのこと、《魔力操作》の技量も必要で、〈水魔術〉の練度も高いと判断できる。
同じく点数が高いのは、マスを超えて水が注げる者だ。《魔力操作》の熟練がやや不安ではあるが、魔力の高さと〈水魔術〉の練度の高さがその欠点を帳消しにする。
しかし大抵の生徒は、このマスの半分まで水を注ぐことができずに終わる。
それだけ、水を大量に生み出す魔術は難しいのだ。
ここまで300名ほどの試験に立ち会ったが、合格出来たのはほんの一部。ほとんどの評価用紙には×が書かれている。
魔術の試験官一人当りに割り振られた受験生は約330名。大半が試験を終えたが、ドイッチュのお眼鏡に適う人材は、残念ながら現れていない。
(俺に割り振られた受験生は外れだったかねぇ……)
諦めかけたそのとき、目の前のマスが水で満たされた。
マスを満たしたのは、一人の少女だった。
大きな耳に大きな尾。彼女は、栗鼠族か?
「…………!?」
気づいた途端、ドイッチュの腰が僅かに浮かび上がった。
そう、気づいてしまった。
魔力の低い種族である亜人の栗鼠族ごときが、この試験で合格点を出す。そんな奴は、この世界に一人しかいない。
(教皇庁指定危険因子――ッ!!)
(危険因子のNo.5が何故ここに……)
現在教皇庁は彼女に対し、なんらかの制裁を加える決議は出していない。静観すべしが方針だ。
だからドイッチュが危険因子に気づいたからといって、何か行動を起こして良い大義名分はない。
いや、そもそもドイッチュ如きが手を出せるはずがない。
危険因子は神の敵だ。
行動を起こせば、ドイッチュの命が危険である。
ドイッチュの足ががくがくと震える。
(とんでもない奴が試験を受けに来たもんだ……)
危険因子だからといって、不合格にするわけにもいかない。
それは、自らが信じる正義神の教義に反する。
だからドイッチュは彼女の評価用紙に10――最高点を書き込んだ。
満点を書き込んだのは、彼女が危険因子だということも理由の一つだ。しかしなにより先天的に魔術が苦手な亜人が、人間の基準を満たしたことが大きい。
実力がそれだけで終わるはずがない。
その予測が10という数字を書き込ませた。
彼女が去ってもまだ、足の震えが止まらない。
気を落ち着けるために、ドイッチュは何度も深呼吸を繰り返す。
(……ん? なんか焦げ臭いぞ?)
瞼を開くと、目の前のマスが燃えていた。
「――ッ!?」
マスで魔力を計る方法は一つではない。
水を満たすのはあくまで模範解答。
世の中には水魔術だけでなく熱・風・土と全部で4つの属性があるのだ。一つの属性を計るだけならば、このマスを受験で使い続けるはずがない。
〈熱魔術〉の場合はマスの燃え方で、風魔術の場合はマスの浮かせ方で、土魔術の場合は水と同様に砂を満たして計測する。
(いまマスを燃やしているのは、〈熱魔術〉か――)
「…………え?」
(――いや、違うぞっ!?)
ドイッチュは何度も目を擦り、いま起きている現象を観察する。
難燃の物質のマスは、確かに燃えていた。
しかし、熱魔術が使われた形跡がない。
マスの直上には、まばゆい光弾が浮かんでいる。
この光弾が当たったそばから、途端にマスが燃えるではないか!
(――光魔術か!!)
一瞬にしてドイッチュの心が沸き立った。
光魔術など、もう何年も目にしていない。非常に珍しい魔術の一つだ。現在光魔術を扱えるものは、世界でも数少ない。
その魔術をこうして使っている。
習得までに一体どれほどの修行を積んだことか……。
光魔術を使ったのは、青年だった。
見ようによっては少年にも見えるし、大人の男性にも見える。ただ、入試を受ける平均年齢よりはやや年上だ。
(17~8といったところか)
ドイッチュがぼぅっとしている間に、マスのすべてが燃えて灰になった。
「どうだ!」
「……あ、ああ、もう良い」
ドイッチュが軽く手を上げると、少し不安そうだった彼の表情がぱぁっと明るくなった。
「当然だな!」
胸を大きく張って、青年が試験室から出て行った。
その姿を見送り、ドイッチュは彼の評価用紙に10を書き込む。
マスの燃え方もそうだが、あの年で光魔術を修めた才能は非常に価値がある。
これを見落とすドイッチュではなかった。
最後にドイッチュの前に現れたのは、冴えない少年だった。
14歳くらいか。受験生の平均年齢ほどの顔立ちだ。
ドイッチュの目が自然と評価用紙の個人情報――出自の欄に吸い込まれる。
(なんだ。農民か)
見た目は冴えないし農村の出だし。年齢は平均値。
彼の経歴に、目を引く点は一つもなかった。
(どうせ魔術など使えまい。さっさとお引き取り願おう)
やる気が完璧に失せてしまったドイッチュはひらひらと手を振る。
お前はやる前から不合格だ、と。
だがそんな様子に臆することなく、少年は水魔術を行使した。
気がつくと目の前のマスに水が溜まっていた。
ドイッチュは魔術の教官である。
故に今回の試験の担当官になったわけだが……。
そのドイッチュをもってしても、いまの魔術の発動はまったく目で追えなかった。
「…………」
ドイッチュは呆然とした。
言葉がまったく出て来ない。
「…………不正だ。もう一度やれ」
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