第125話 弱体化

ピッコマにて連載中の「底辺魔術士」

本日最新話更新!



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「――まず、〝元〟12将になったな」

「うわぁ……」


 アルトは頭がくらくらした。

 1撃目でノックアウトしそうだ。


 ユーフォニア12将は、当人が死亡した時だけ〝元〟が付く。

 つまり、特別な理由がない限り、ずっと12将の肩書きを背負って生きて行く。

 ユーフォニア12将とは、それほど重い称号なのだ。


 しかしながら、シトリーは生きながら降格した。

 実家が公爵家であるにもかかわらず、だ。


(よほどお目こぼし出来ないレベルで実力が落ち込んだのかな?)


「あと、ここに来るまでにオークに囲まれてあわやクッコロ」

「うわぁ……うわぁ!」


 オークはレベル30ほどあれば囲まれても切り抜けられる。

 その相手に『くっ殺せ!』など、ユーフォニア12将では考えられない状況だ。


「ああ、あれはリオンさんのせいでオークがわらわら押し寄せてきたせいですわ!! 元ユーフォニア……くっ、12将のわたくしでも、200匹300匹のオークは手に余りますわ!」


 一応、元12将というところはかなり気にしているようだ。

 いじり甲斐があるが、あまりいじると不憫すぎてアルトまで泣いてしまいそうだ。


「モブ男さんは一体どんなへまをしたんですか?」

「なんだよ。勇者に文句つけんのか? 俺はただ師匠のマネをしただけだぜ?」

「失礼な。僕は倒しきれない数の魔物を呼び寄せることはありません」

「へぇ……? フィンリス……下層……71階……」

「あれー? そこでなにかありましたっけー?」

「現実はいつも正しい。間違えるのはいつも人間のほうなんだ。だから大丈夫。師匠が間違えても仕方ない。だって、人間だもの!」


 リオンの口から出て来たとは思えないほど、真っ当な台詞である。

 反論出来ないアルトは、即座に切り口を変える。


「――で、モブ男さんも間違えたと」

「うぐっ」


 してやったり。

 柄にないことを言うから足下をすくわれるのだ。

 すくったのはアルトだが。


「……で、どうしてシトリーさんがここに?」

「罪人……いえ、ただのアルト! あなたにお願いがありますの!」

「その言い方……」


 がくっと折れそうになる膝を、アルトは気力で支える。


「わたくしを強くして――」

「嫌です」

「だそうだ。さいなら」

「酷いですわ!」


 シトリーが顔を青くして悲鳴を上げた。

 確かにアルトの即答も酷いが、リオンの追撃速度もなかなかだ。


 リオンだって、ルゥを仲間と思っているはずだ。

 シトリーはその仲間を殺した相手である。

 思うところがあるからこその、追撃速度だったのだろう。


「ところで、どうしてモブ男さんはシトリーさんと一緒にここに来たんですか?」


 アルトに弟子入りさせたくて、というわけではないはずだ。

 帰れって言っているし。


「仕方なく、だな。師匠を探すのにこのまな板の追跡スキルが必要だったから」

「まな……いた……」


 ついにシトリーが膝を突いた。

 それでも顔を赤くしてぐむむ、と唇を噛みしめているあたり、反骨心は折れていないようだ。


「なるほど、シトリーさんには狙った罪人を補足するためのスキルがあるんですね」


 罪人の位置をかなりの精度で把握し、見敵すれば決して逃がさない。

 おまけに相手が強ければ強いほど、強力な呪いを発動できる宝具持ち。

 レベル・基礎ステータスは低いがそれを補って余りある流麗な剣技。

 一撃必殺を許さない高品質の魔導具。


 冷静に考えれば考えるほど、勝とうとするのが馬鹿らしくなるほど隙の少ない人物である。

 ユーフォニア12将であるのが頷ける。


 それが、ルゥを攻撃しただけでこの体たらく。

 不憫すぎる。


「……ひとまず、落ち着いて話せる場所まで移動しましょうか」


 さすがにそのまま帰すのは忍びないため、彼女の言い分を聞く時間は作ってあげることにした。


 まずアルトはドワーフ工房に赴き、ルミネでの一件を伝える。


「わかった。明日はワシも行く」


 アルトの報告を、わざわざ鍛練の手を止めてダグラは聞いた。

 それだけでドワーフにとってエルフの〈刻印〉がどれほど重要なものかがうかがえる。


 仕事の報告が終わったので、アルトはリオンたちを連れて家に戻った。


「さて」


 アルトは椅子に腰を下ろしてルゥを膝の上に載せる。


「じゃあまず、大切な事を聞きます」


 その言葉で、アルトが何を聞きたいのかが判ったのだろう。

 へーここが師匠の部屋なのかーと部屋を見回し、ベッドの柔らかさを確認していたリオンが体を硬くした。


「あのあと、ユーフォニアはどうなりましたか?」

「かなりしっちゃかめっちゃかだったな。けど、1年経ったらかなり落ち着いたぜ。沢山人が死んだけど、内乱は起こらなかった」

「じゃあ、次」


 そこで一度言葉を切った。

 意を決して、アルトは口を開く。


「ハンナは、どうなりましたか?」

「…………」


 その時のリオンの反応は、アルトの憶測を肯定するものだった。


「……なんで、わかったんだ?」

「これでも、結構長い付き合いになりますし、そりゃ、何かあるってわかりますよ」


 いつもは明快なリオンの言葉が、ハンナの無事を告げる時だけ少し言いよどんだ。

 それだけでアルトは、彼が答えをぼかしたのだとわかった。


 その答えが嘘なのか、はたまた核心を避けるためだったのかまで、判断はつかなかったが。


「あのあと、俺はすぐにマギカと合流出来なかったんだ。だが、1年経ったくらいで、マギカが俺たちの宿に戻ってきた。宿っていうのは、あの学校の近くの宿のことな。

 そのとき初めて、俺はマギカがハンナを連れて逃げてたって話を聞いたんだ。ただ……その、マギカが師匠にごめんって……」

「ごめん……」


 リオンの言葉で、アルトの背筋が凍り付いた。

 悪い予感がいくつも浮かび上がり、頭が真っ白になる。


「ハンナを連れて逃げたんだけど、途中でハンナが奪われたって――」

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