第124話 ルゥの仇

ピッコマにて連載中の「底辺魔術士」

本日最新話更新!



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 くるしいよー。ごしゅじんさま、もういいでしょ?


 アルトの涙が止まったのは、ルゥがそんな反応を示した頃だった。

 かなり長い時間泣いていた。


 アルトがルゥを抱いたまま立ち上がると、それまで静かだったリオンが口を開いた。


「それで、師匠はいままでどうしてたんだ?」

「ずっとここにいましたよ」

「なんでここにずっといたんだ?」

「なんでと言われても……」


 これまでアルトは、ハンナを救うためだけに生きてきた。

 ユーフォニアではガミジンを打倒し、神の先兵たる善魔も退けた。


 アルトはハンナを救った。


 しかし、ハンナを救った後をアルトは一切考えていなかった。

 なにがしたいとか、なにになりたいとか、考えたこともなかった。


 つまり現在、アルトにはやるべきことがなかった。

 やりたいこともない。

 なりたいこともない。

 進むべき道が、ない。


「……ブレスレットを買うため、ですかね。ブレスレットが壊れてしまったので」


 どう答えて良いかわからず、アルトはそれらしい嘘を吐く。


「ブレスレットがないと、国境を抜けられませんからね」

「師匠ならそれくらい、すぐに稼げるだろ」

「ブレスレットが無きゃ無理ですよ」


 ユーフォニアやフィンリスのときのように、魔石をギルドに売却するにはブレスレットが必要だ。


 勿論、ブレスレットがなくても売却出来る相手はいる。

 脱法すれすれの商人や、反社会的な組織だ。

 いずれも真っ当ではない手合いである。


 ここにはお世話になった夫婦がいる。

 アルトにとって、第二の両親のような存在だ。

 その2人に迷惑がかかる可能性があるため、不法行為に手を出すわけにはいかない。


「それにしてもモブ男さん。僕がここにいるってよくわかりましたね」

「なんで驚天動地したような顔をしてんだよ。俺だって、師匠の一人や二人くらい、簡単に見つけられるんだぜ?」

「ボクは二人もいませんよ」


「ものの喩えだよ。帝国を目指したのはあくまで勘だ」

「勘ですか……」

「勘だ。勇者の勘って意外と鋭いんだぜ? まあ実際は、ユーフォニアからレアティス山脈に飛んでいったって話を、マギカから聞いたんだけどな」

「――っ、そうだ! モブ男さん、マギカは無事なんですか!?」


 前世でマギカは、数年前に死亡していた。

 善魔を倒した段階で、マギカの死は回避したものだと考えていた。

 だがそれは、ただのアルトの憶測でしかない。

 もしかしたらその後、死亡した可能性もある。


(どうしてそのことに、すぐに気がつけなかったんだ……!)


 完全に頭が平和ボケして、今の今までまったく気づかなかった。

 すぐに尋ねられなかった悔しさに、アルトは唇をかみしめた。


「マギカなら大丈夫だろ。オレに師匠の情報を教えてくれたのは二年前くらいだったか。そこから顔を見てねぇけど、そう簡単に死ぬようなタマじゃねぇよ」

「そう、ですか……」


 いまから二年前ならば、前世でマギカが死んだ年を越えている。

 前回の死を乗り越えた、と見て良いだろう。アルトはほっと胸をなで下ろした。


「ってか、心配すんのはマギカだけかよ」

「ハンナは無事ですか!?」

「……生きてるってさ」

「そう。よかった」

「――で、師匠が心配するのは二人だけなのか?」

「他に誰かいましたっけ?」

「オレだよオ・レ!」


 勇者が地団駄を踏んだ。

 アルトはぽかんとした。


「……なんだよその顔は」

「あ、いえ。心配シテマシタヨ」

「おい、声が棒になってるぞ!」

「殺しても死なない人の心配って、する必要あります?」

「ひでぇ!」

「それでモブ男さんは、どうやってピンポイントでボクを探し当てられたんですか? アヌトリア帝国って、結構広いですよ」

「まあ、追跡スキルに長けた奴がいたからな」

「追跡スキルですか?」


 アルトが首を傾げると、リオンの言うその人物が森の奥から姿を現した。


「お、お久しぶりですわ、罪人アルト」


 姿を現したのは金髪に縦ロール。胸の平らな鎧にごてごてした細剣。

 気丈そうな顔つきなのに、いまはどこか弱々しい。


「…………誰?」

「シトリー! シトリー・ジャスティスですわ!! くっ……わたくしのことを歯牙にもかけないとは。さすがは罪人アルトですわ」


 アルトはジョークのつもりで言ったのだが、謎に評価されてしまった。

 当然ながら、良い評価ではないだろうが。


「冗談ですよ。もちろん、忘れるわけないじゃないですか。ボクの大切なルゥを殺した人間ですからね。どうしてあげましょうか? まずは死なない程度に腕を引っこ抜いてやりましょうか?」

「ヒィィッ!!」


 睨み付けると、何故かシトリーが涙目になって怯えた。


(いやあなた、ボクに脅されて怯えるような人じゃないでしょ……)


 ユーフォニア12将が、見る影もない。


 当然ながら、今の脅しも冗談だ。

 ルゥが生き返った以上、シトリーに対して思うところはない。


 ただ、ルゥを一度殺した手前、このまま不問にするのは収まりが悪い。

 だから小粋なジョークで笑い飛ばして一件落着、と考えていたのだが……。

 シトリーの反応はアルトの予測を大幅に逸れてしまった。


「師匠、あんまり虐めんなよ。こいつ、いますげぇ弱いから」

「えっ? それは……女性としてですか?」

「はっ? 女じゃないだろ」

「喧嘩ですの!?」


 シトリーがいきり立つ。

 胸を見ながらその台詞を口にするのは鬼畜の所業である。


「シトリーさんってユーフォニア12将ですよ? 以前からかなり弱かったですけど、弱いって言われるほど弱くはなかったと思いますが」

「いやいや、弱かっただろ。けど今はそれ以上に弱いんだよ」

「よ、弱い弱いと、あなたたち、ジャスティス家次期当主に対して無礼ですわ!!」


 シトリーの顔が真っ赤だ。

 弱いことを否定するのに剣を抜かず〝権〟を抜いたあたり、どうやら弱体化は本当らしい。


「で、仮にも12将の一人ですけど、どれくらい弱くなったんですか?」

「いろいろあるが――」

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