第126話 目標、再び
ピッコマにて連載中の「底辺魔術士」
本日最新話更新!
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「ハンナは!?」
「い、生きてるって言ってたぜ」
「生きてる……」
アルトは顎に手を当てる。
つまり、先ほどリオンは嘘をついたのではないということだ。
「それはハンナの居場所を見つけた、ということでしょうか?」
「さあ。そこについては何も言ってなかったな」
「……どうして生きてるってわかったんでしょうか?」
「んー、ええとたしか――あっ、そうだそうだ! 神の加護があるから大丈夫だとか言ってた」
アルトは腕を組み、断片的な情報をつなぎ合わせる。
マギカの手からハンナが奪われた。
ハンナがどこにいるか、マギカは知っているかもしれない。知らないかもしれない。
そして、『神の加護があるから大丈夫』という言葉……。
(うん。さっぱりだ)
全くわからない。
だが、マギカが大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう。
理由はないが、彼女の言葉は信用できる。
「それで、マギカがどこにいるかはわかりますか?」
「師匠に会ったらいまの話を伝えてって言って、すぐにどこかに向かったぜ」
「そう」
マギカはハンナを探すためか、あるいは救うために単独行動をしているのだ。
「…………」
「なあ、師匠。どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」
リオンがおっかなびっくりというふうに口を開く。
まるでアルトが暴走するんじゃないか怯えているようだ。
「なんでかはしらねぇけどよ、師匠にとって、ハンナは特別、なんだろ?」
その言葉に、アルトは思わず目を見開いた。
まさかリオンがそれに気がつくとは思いもよらなかった。
(リオンさん、人間関係に関しては妙に勘が鋭いところがあるんだよなあ)
亀の甲より年の功。
さすがは千数百年生きているヴァンパイア、といったところか。
アルトは曖昧な笑みを浮かべ、答えを濁した。
「今はマギカが問題に当たってますからね。ハンナは生きてるって、マギカが言ったんだから、きっと生きてるんだと思います。なので、僕は焦る必要はないんです」
リオンの話を聞いてから、アルトの心は変化した。
まるで頭の霞が晴れたかのように、すっきりしている。
平和な生活で溜まっていた余計なものがそぎ落とされて、必要なものだけが後に残った。
フィンリスでレベリングしていた頃の、『このままではいけない』という、強烈な思いが蘇った。
だが焦ってはいけない。
焦れば手の隙間から、大切なものがぽろぽろ溢れ落ちてしまうから。
それをアルトは、ルゥを失ってやっと気づくことができた。
もう二度と、同じ失敗はしない。
(まず、やるべき事はなんだ?)
(必要になるだろうものは?)
それだけが頭の中をぐるぐると巡る。
けれど、そのどれもがまだ荒唐無稽で、形にさえならない。
この3年で、アルトはずいぶんと平和で呆けてしまったようだ。
3年前の緊張感や、明晰さをすぐに取り戻せない。
(ここは、改善点の一つかな)
このままマギカが手こずるような戦場に赴けば、対応できずに無駄死にするだけだ。
早い段階で、高レベルの戦闘に対応できる状態に持って行かなくてはならない。
やるべき事は、頭がしっかり動くようになってから考えても遅くはないだろう。
まずは、目の前の問題を一つ一つ片付けるべきだ。
「あ、あのぅ……」
ここまで気配を小さくしていたシトリーが部屋の隅で小さく手を上げた。
リオンの話に夢中になっていたため、アルトは途中から完全に彼女の存在を忘れていた。
「あれっ、まだいたんですか?」
「いましたわ! 最初からずぅっと!! 帰る気もございません」
「えっ?」
アルトの表情が引きつった。
(帰って欲しいんですけど……)
「リオンさんから話を聞きましたわ。彼がアルトに育てられたと。その実力を見越して、お願いがありますの。弱くなったわたくしを、イチから鍛え直して欲しいのです!」
「お断りします」
「どうしてですの!? わたくしは元ユーフォ……っく!! 元ユーフォニア12将! わたくしを育てることは、平民にとって名誉なことですわよ?」
「名誉とか要りませんので」
育てたらまた『罪人アルト覚悟!!』とか『キエェェェ!』とか言って攻撃されそうだし。
いつか自分を殺させる為に他人を鍛えるなんて、墓穴を掘るどころの話ではない。
「そもそも、シトリーさんは現在どういう状況なんですか? そういえばユーフォニア12将を首になったみたいですし」
「うぐっ。そ、それが」
「師匠を逃したことで罷免。当主から絶縁状を叩きつけられて、現在ユーフォニアから逃亡中だ」
「とととっ、逃亡はしておりませんわ!! あくまでこれは……そう! 一時避難ですの!」
どう言い換えても逃げてきた事実は変わらない。
しかし、アルトを逃しただけで絶縁って、ジャスティス家はやけに心が狭いようだ。
「知らないのか? 師匠、教皇庁指定危険因子No7になったんだぜ」
「…………へっ、マジですか?」
「マジマジ。しかもかつ排除因子に一発格上げ。全世界に絶賛指名手配中の大罪人だ」
「うわぁ……」
アルトの顔が凍り付く。
知らない間に、とんでもないことになっていた。
「なんでそんなことになってるんですか? ボク、そこまで悪いことしてませんよね?」
「なんでも、神からのお告げがあったらしいぜ。シモベを殺したから神の反逆者だとよ。シモベって、あのガミジンのことか?」
神のシモベとはガミジンか、あるいは善魔を指しているのか。
いずれかは判らないが、神の意志に反した行動を取ったため、神は危険因子としてアルトを指定したのだ。
(たぶん、神の運命を打ち破ったからかな)
フォルテルニアにおいて、神の運命は絶対だ。
運命を打ち破る力を得るだけでも、危険因子に指定されても不思議ではない。
つまり運命への介入は、神への反逆行為なのだ。
(その定めを打ち破れるかどうかで)
(危険因子か排除因子かが変わると)
(となると、マギカも排除因子に指定されてそうだな)
顎を抑えて黙考するアルトを余所に、リオンはまるでお誕生日パーティの打ち合わせをするような面持ちで口を開いた。
「その排除因子を逃したから、ジャスティス家の面目は丸つぶれ。師匠を捕らえて来るまで帰って来るなぁ! というわけだ」
「……うん。いよいよボクにシトリーさんを育てる利益がないですね」
「そ、そんな! わたくしを、どうかわたくしを育てくださいまし!」
「いやいや。育てたら監獄に連れて行かれちゃうんでしょ? だったら育てませんて」
自分を打ち破るために弟子をとるなんて、修羅の世界の住人だけだ。
「シトリーさんの一件はひとまず放置して――」
「しないでくださいまし!」
「うるさいぞまな板」
「くっ……」
(おや?)
シトリーが言い返さない。
やはり腕っ節が弱くなると弁舌の切れ味も悪くなるのか。
あるいは、ここに来るまでに多少情でも湧いたか。
「……とにもかくにも、ブレスレットの確保が優先です」
それがなければ、なにも始められない。
「モブ男さん、いまお金はもっていますか?」
「おいおい師匠、馬鹿な質問をしてんじゃねぇよ。オレは勇者だぜ?」
「……うん、素寒貧なんですね」
何故そんな勇ましくない台詞を、勇ましく言ってのけられるのやら。
「お金ならわたくしが――」
「結構です」
シトリーならお金は持っているはずだ。
だが彼女からお金を借りるなど、『審査なし!』『即日ご融資!』と謳う闇商人からお金を借りるようなものだ。
ひとたび借りれば臓器を売っても許してくれない。
だから決してお金を借りてはいけない。
「仕方ない」
ため息を一つ吐き、アルトはルゥから、以前プレゼントした金貨2枚を借りることにした。
特にお金を使うわけではないルゥは、喜んで金貨を吐き出したのだった。
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