第237話 大量の魔石

「お久しぶりですね、シトリーさん」

「ヒェッ!!」


 突如入り口から聞こえた声に、シトリーは肩を跳ね上げた。


 一応、入り口は見た。誰もいないことを確認していたつもりだった。

 だが、それが声を上げると同時に入り口に、まるでイノハで散々戦った死霊系の魔物のように、彼の姿が忽然と現われたのだ。


 慌てて細剣を引き抜こうとして、ピタリと手が止まる。

 同時に『パチン』と、なにかの繋がりが途切れたような感覚を覚えた。


「……アルト、ですの?」

「はい」


 見れば、確かに数ヶ月前に見た姿と同じ格好のアルトがいた。

 多少、その体は薄汚れている。

 どうせ迷宮にこもって死ぬ程狩りをしていたのだろう。その姿を見ただけで、彼と一緒に狩りをした迷宮での記憶が思い起こされて、悪い具合が更に悪くなる。


「しかし驚きました。まさかここにシトリーさんがいらっしゃるとは思いませんでしたから」

「驚いたのはわたくしのほうです。もう少しまともに顔を見せることは出来ないんですの?」

「いえ。船内は警備が厳重でしたので」


 警備が厳重な中、問題に無関係そうなアルトがよく単身、潜入しようと決断したものだ。


「女性の部屋にノックなしで入るなど、不届きですわよ」

「すみません……」


 苦笑しながら、アルトはゆっくりとシトリーに歩みよる。

 それは彼が彼女を襲おうとしているからではない。

 あまり離れすぎていると声が大きくなり、外の人に、シトリーの部屋に誰かがいることを気づかれるためだ。


 意図を察知したシトリーは声を潜めて訊ねる。


「それで、今日はどうされたんですの?」

「ここにシトリーさんがいる理由を聞きたくて」

「それでしたら――」


 社内の事情ではあるのだが、今の地位は彼がいたからこそあるようなもの。それに、態々隠し立てするようなことでもない。


 シトリーはことのあらましをつぶさに語って見せた。

 アルトが目の前に現われたことで気が引き締まったのか、先ほどまでぐでんぐでんだった頭はかなりはっきりとしている。


「あの……実は……」


 すべてを話し終えた後、アルトが痛みを堪えるような顔をしつつ口を開いた。


「きっとその船、ボクが日那州国に向かう時に乗ってたものだと思います」

「それで船は? やはり、日那州国で拿捕されたんですの?」

「いえ、船は沈みました」

「……へ?」


 予想外の言葉に、シトリーは目を丸くする。

 しかしすぐに鍛え抜かれた彼女頭脳がピコピコと高速回転を始めた。


「まさか魔石を奪ったあと、証拠隠滅するために船を沈めるとは……。どれほどこの島国の人間はなんて野蛮ですの!?」

「い、いえ。実は、沈んだのは航海の途中でして」

「ということは、日那州国には海賊がいるということですのね」

「いえ。あの――」

「これは以後、海賊対策をしなければいけませんわね」

「聞いてもらっていいですか!?」

「は、はひ!」


 小声だが胸に直接突き刺さるよなアルトの言葉を聞いて、シトリーがぴんと背筋を伸ばした。

 何故こうも年下の相手に怯えなければいけないのか。シトリーの自尊心が僅かに傷付くが、すぐに『相手がアルトなら仕方ない』と傷が修復されていく。


 それは家を吹き飛ばした台風を怒鳴りつけるのと同じ。

 張り合うだけ無駄なのである。


「実は、航海途中で嵐に遭いまして、そこで船が転覆してしまったんです。ボクらは難を逃れて日那州国までたどり付きましたけど、おそらく船員は……」

「それは……酷い目に遭われましたのね……」


 アルトが遭った惨状と、海に沈んだ船員を思い、シトリーはしばし瞑目する。

 だがすぐにシトリーはキッと瞼を開いた。


「しかしケツァムから日那州国までの航路は比較的穏やかで、いままで一度だって船が沈没したことはなかったと聞いていますわ」


 疑うと同時に胡散臭くも感じてしまう。

 アルトがシトリーに嘘をつく必要は皆無だ。

 だがアルトの後ろに誰かがいるとなれば、どうだ?

 もし日那州国と繋がっていれば、ここでアルトが嘘を言う理由が生まれる。


 疑いの視線を受けて、アルトは手を広げた。


「いままで一度も起らなかったから、今後も絶対に起らないだろう、なんてどうして言えるんですか?」

「それは……」

「事実として、ボクは嵐に遭いました。一度無人島に流れ着いて、そこから日那州国に向かったんです」

「その……証拠はありますの?」

「ありませんね。きっと海の中でしょうから」


 アルトの言葉に嘘は感じられない。

 おそらく事実だと、宮廷の腹芸合戦で鍛えたシトリーの直感が告げている。

 だが、それでは収まりが付かない。


 シトリーは既に魔石を販売した資金を、予算に組み込んでしまっているのだ。

 その魔石の大方はアルトが居たときにため込んでいたもので、かなりの金額になるだろう。

 それを取り戻そうとすれば、少なくとも1年はかかる。その間、計画が頓挫するのはかなりの痛手だった。


「ここまで来た手前、わたくしもただでは引き下がれませんの……」

「でしょうね」


 魔石を取り戻すためにお金をかけて船を4隻も出航させた。だが実際魔石は海に消えていて、取り戻す何ものもなく、ただただ船と船員の経費だけがかかってしまった。

 それでは、収まりが付けられない。


 彼女の話を聞き、アルトが鞄からルゥを取り出した。


「ルゥ。悪いんだけど迷宮で拾った魔石を全部出してもらっていい?」


 にょんにょんと上下に動いて、ルゥは口から魔石をポンポン排出する。


 10個。20個。

 100個。200個。


 通常査定では“大”に分けられる魔石をこれでもかというくらい吐き出していく。

 最低で“大”。多いのは“特大”、少ないが“極大”もある。


「あの……これは……」

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