第236話 黒船来航
トウヤに戻ると、里の様子がどこかざわめいていた。
里を歩く人達が、軒先で耳打ちしあっている。
雰囲気も不穏だ。まるで開戦前夜のようである。
なにかあったのだろうか?
気になったアルトは耳に意識を集中する。
『……だってよ』
『本当か? じゃあこの国は……』
『……かもしれないな』
日那の国民は、なかなかヒソヒソスキルの練度が高い。
ここには日常的に耳打ちする文化でもあるのかもしれない。
さらに意識を集中させると、ようやっと彼らの声の輪郭が鮮明になってきた。
『相手がケツァムじゃなぁ』
『商品の流通を止められたら、どうもならんからな』
『武力で対抗出来るか?』
『無理無理。船に積んだ大砲一発で、役人達が腰抜かしたってよ』
これは、黒船襲来!?
おそらくケツァム国から船が来て、大砲をぶっ放した。
そうする理由は、わからない。ただ、戦争ではないだろう。
ケツァムは基本的に戦争出来るほどの武力を持たない。
海上を安全に航行するために武装をしているが、ケツァムにとっての武力はあくまで商い。軍隊などは保有していないのだ。
であればおそらく、商いに関わるなんらかの問題が発生して、ケツァムの使者が日那にやってきた。そんなところだろうか。
もしこれが外交問題に発展したら、ケツァムは一時的にも日那州国への物資の輸出を禁止するだろう。
ケツァムから仕入れている物資が滞ると、この国から一気に物がなくなる。
そうなると、迷宮で安定して狩りが出来なくなるかもしれない。
しかしこんなことあったのかな?
前回アルトが日那州国に訪れたときは、ケツァムと良好な関係を築いていたように思う。
少なくとも物資の封鎖はされていなかった。
そこまでの問題に発展しないのか。
あるいはバタフライエフェクトでこうなってしまったのか……。
ひとまずそれを見極めるべきだろう。
港から沖に1kmもないところに、4隻の船が停泊していた。
アルトは遠目に船を眺め、すぐに旗艦を発見する。
おそらくそこに、直接交渉しにきた人物がいるはずだ。
直接やり合うつもりはないが、間違いのない情報は必要である。
アルトは自分の気配を極限まで殺し、物陰から船に向かって泳ぎだした。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
普段乗らない船に乗ったために、シトリーは完全に船酔いに罹ってしまった。
頭がぐらぐらして具合が悪く、食べ物が喉を通らない。
それでもずいぶんマシになったほうだ。
出航当日などは、ずっと厠で胃液をはき続けたものだ。
それが、いまでは白湯くらいならば飲めるようになった。
いまでも胃袋は『行けるぞ?』と臨戦態勢なので、なるべく頭を揺らさないよう寝台に横たわっている。
なぜわたくしがこのような目に……。
ある日、『ケツァムから日那州国に向けて輸出した船が何日かかっても戻って来ず、もしかしたら日那州国に拿捕されたのではないか?』との報告を受けた。
はじめシトリーは、どうせ転覆したのではないかと思ったが、ケツァムから日那への航路は穏やかなことで有名で、いままで1度だって船が沈没したことはないらしい。
なるほど、確かに拿捕された可能性はある。
そう思い、シトリーは日那に向けて書簡を送った。
『以前そちらに向かった船が戻ってこないが、どうなってる?』
その書簡に対し戻ってきたのは、『んなもん知らないよ』である。
もちろん文章は長く、態々相手を刺激する言葉は書かれていないが、少なくともシトリーが要約すると、相手の回答はその一言に集約できた。
さすがに知らないでは済まされない。
こちらは迷宮から採取してきた魔石を大量に日那に送ったのだ。そのお金は今後イノハを発展させるために必要不可欠。
お金が手に入ることを予測して予算を組んでいた手前、現在イノハ最大の魔石商であり、迷宮管理を任されているシトリーにとってかなりの痛手であった。
故に、シトリーは全勢力を以て日那州国へと対話に訪れていた。
対話……というよりも、それはもはや脅しに近い。
『魔石を買っておいて支払いしないとは何事だ!!』
棚ぼた的に手に入れた地位ではあるが、いまのシトリーには何百人と養わなければいけない部下――家族のような存在がいる。
その者達が路頭に迷わないために、この落とし前はきっちりつけなければならない。
……とはいえ、これは正しい決断だったのだろうか?
シトリーはここへ来て少なからず後悔の念が沸き上がってきていた。
日那州国トウヤからの手紙を見たときは、これはもう戦争だと思ったほど憤った。
まるで見えないなにかに突き動かされるように船と人を手配しここまで乗り込んだ。
だが本当にそうだったか?
何故自分はあのとき冷静でいられなかったのか?
冷静であればオリアスに使者として日那州国に向かってもらうことだって出来たのだ。
それを何故しなかったのか?
……突然大きな商店の支配人の席に座ったせいで、借り物の権力に目が眩み馬鹿になっていたのかもしれない。
ぐったりしていたシトリーは、空気の流れを感じて起き上がる。
なにか……気配を感じる。
それは元ユーフォニア12将であり、さらにイノハでもレベルを上げたシトリーだからこそ感じ取れた違和感。
まさか、日那の刺客か?
寝台横に立てかけていたドラゴン製の細剣に手を伸ばす。
そのとき、
「お久しぶりですね、シトリーさん」
「ヒェッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます