第137話 悪魔襲来

 リオンがぎゃーぎゃー騒いだものだからシトリーが目を覚ましてしまった。


「はあ。せっかくのチャンスだったのに……」


 シトリーの存在を無視してアルトはリオンを伴って洞窟に向かう。当然のように、シトリーが後ろをつけて来た。

 付いてくるなと言っても、きっと無駄だろう。彼女はここまで、ずっとアルトたちの後を付いて来たのだ。突き放しても、いつだかのリオンみたいに付いてくるに決まっている。


(似たもの同士だから気が合うのかな?)


 リオンがシトリーを突き放さない理由がなんとなくわかった気がする。


 足を踏み入れた洞窟の中は、かなりひんやりとしていた。

 冷気と同時に、敵意も強く感じるようになった。

 やはりここにはかなり強い魔物が生息しているようだ。


 強い敵がいるのに、ワイバーンが逃げ出さなかったということは、天敵ではなかったのか。

 あるいはこの敵が、ワイバーンに興味がなかったのか。


「リオンさん、前に出て初撃を防いでください」

「了解!」

「シトリーさんは僕の後ろに。絶対に前に出ないでください」

「わ、わたくしも戦いま――」

「死にますよ」


 断定したアルトの言葉に、シトリーが顔を引きつらせた。

 直裁な物言いに、プライドを傷つけてしまったようだ。


 しかし、だからといって忠告しないわけにはいかない。

 目の前で死なれるよりも、怒られたり怨まれたりするほうがよっぽど良い。


 ルゥが入った鞄を背中側にズラし、アルトたちは一歩ずつ、まるで不確かな足場を探るように慎重に進んでいく。


 洞窟はかなり広く、縦が3メートル。横が5メートルほどある。きちんと設計して掘削してきたのだろう。まるで石造りの城のようだ。


「ここ、ダンジョンじゃないですよね?」

「違うだろ」

「どうしてですか?」

「ここに迷宮があると知れたら帝国が放っておかないだろ。放置されてるってことは、そういうことだ」

「なるほど」


 キノトグリスのように、ダンジョンのある場所には必ずといって良いほど街が出来る。

 ここが宗教や種族の聖域でない限り、帝国が手を入れないはずがないのだ。


 しばらく進むと濃密な気配にだんだんと背筋が粟立ってきた。〈気配察知〉だけでなく、〈危険感知〉も反応しだした。


「――みんな、さが――」


 言葉の途中で、リオンが吹き飛んだ。

 なにかの攻撃を食らったのだろう。リオンが、凄まじい勢いのまま頭から壁に激突した。


「あ――っぶない! 死ぬかと思ったぜ!!」

「普通死んでますわよ……」

「うんうん」


 何故この男は、いつも頭から突っ込むのだろう。

 そうしなければいけない、宿命のようなものがあるのだろうか?


 現れたのは、石造のガーゴイルのような見栄えをしていた。

 濃密な気配。リオンを吹き飛ばした力。生物ならざる見た目。

 ここから導き出される正体は一つ。


「悪魔、ですか」

「な…………」


 冷静に分析したアルトとは裏腹に、シトリーが体を震わせた。

 おそらく悪魔を見るのが初めてなのだろう。……いや、誰だって悪魔など1度も見ずに生涯を終えるのだが。


 アルトはこれで2度目。内心とても驚いたが、それよりも『やっぱりか』という思いが強い。

 リオンはシトリーと同じく、悪魔は初見のはずなのだが、


「さぁかかって来い! アンタの相手はこのオ・レ! 勇者! リオン・フォン・ドラぶろわ――ッ!」


 吹っ飛ばされた。


「相手は悪魔です。前口上を待ってはくれませんよ?」

「っく…………なんて奴なんだ。オレが名乗りを上げている途中だってのに、攻撃するなんて。悪魔みたいな奴だな!!」

「だから悪魔ですって……」


 巫山戯ているように見えるが、彼は彼なりに集中しているようだ。アルトの声(つつこみ)がちっとも届いていない。


 普通の攻撃ならば即座に戦線に復帰するリオンだが、この悪魔の攻撃は少しだけスタンしている。

 このことから、悪魔の攻撃はあのレッサードラゴン以上だと推測できる。


(……ということは、強さは中級悪魔くらいか)


 アルトは集中力を高めていく。


 見栄えはガーゴイル。大きさはリオンの約2倍。3メートルくらいはあるか。多少猫背なので天井にぎりぎり頭が掠らない。


 リオンの攻撃を食らいそうになると、寸前のところで翼を広げ、難を逃れている。かなり回避性能も高いようだ。

 翼を折りたたむと急接近し、リオンに一撃を食らわせる。


「ぎゃっ!」


 攻撃力も高い。


「ちょ、師匠も見てないで手伝えよ!!」

「あ、はい」


 リオンに急かされ、アルトはマナを全身に巡らせた。

 石像のような悪魔なので、〈水魔術〉が効くんじゃないかと放ってみたら――ビンゴ。

〈圧縮水弾(スプラッシュ)〉を当てると体に傷が付いた。


 瞬間、憎悪がアルトに切り替わった。


「――ッ!?」


 咄嗟に移動。

 悪魔の腕が、アルトの右脇腹のすれすれをすり抜けていく。

 躱したと思った矢先、肩と脇腹で鈍い音が響いた。


(掠ってないのに――ッ!)


 アルトはさらにステップを踏み、距離を空ける。


 脇腹が刺すように痛む。骨が何本か折れたようだ。

 右肩は……上がらない。こちらは脱臼だ。


 風圧だけで、このダメージ。


 ドラゴン戦ではすぐに復帰していたリオンが、悪魔の攻撃を受けて若干スタンしていた理由が身をもって理解出来た。

 これは、アルトがまともに攻撃を食らえば、間違いなく木っ端微塵だ。


「まさか、たった1回〈水魔術〉を当てただけでリオンさんの〈挑発〉が外れるなんて……」


 驚いた点は他にもある。

 悪魔に攻撃を当てても、一切痛みを感じていないかのように、反撃に打って出てきた。


 どうやらこの悪魔には、痛みを感じず壊れるまで戦い続けられる、ゴーレム的特性があるようだ。


「ちょっと! アンタの相手はオレだぜ、オ・レ!? こっちを見ろ! シカトしてんじゃねぇぞ!!」

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