第221話 第二の試練

「……汚い。さすが勇者汚い」

「ふふん。土下座して額に跡をつけるなんて、マギカは情けな――ウボァッ!!」


 リオン、アウト。

 ガツンと一発。

 リオンの頭が凹んだ。


 うんうん。実に良い1発だった。

 やはりこれくらいやらないと、リオンも身に染みないだろう。


 急速回復したリオンが目に涙を溜めながら起き上がる。

 もちろん、既に頭に凹みはない。


「ほなら、初めましょか」

「……なにをですか?」

「もちろん、決まってますやん。ウチは資格がある言うたんやで? それも、3人ともや。ほんま、おもろい組み合わせやねぇ。アマノメヒトの使徒に、エルメティアの愛子。ほんで、神々の祝福を受けた者……。

 マギカと同じ道を2人が辿るならぁ、力は必要やろ? せやけど、あんたじゃあ敵さんはだぁれも倒せへんで? せやからウチと戦って、勝てれば終わり。話は簡単やろ?」


 どういうことだ?

 話の流れがまったく掴めない。

 アルトが困惑していると、マギカに袖が引かれた。


「シズカは、こういう人。これでも、修行としては、多少マシ」


 諦めろ。逃げ場はない。

 そう言うかのように、マギカは深い深いため息を吐き出した。


 つまり、現人神が直々に相手をしてくれるということか。

 これは素晴らしい経験になりそうだが……。

 マギカの反応と、それに『多少マシ』という言葉が気になって仕方がない。


 そもそも、相手は天皇。

 日那州国の最高権力者だ。

 さすがに怪我をさせるのはまずい。

 どの程度の力を出せば良いのだろう?


「アルト。本気で行かなきゃ、死ぬ」

「……マジ?」

「ん。絶対、死ぬ」


 マギカの真剣な表情に、アルトの緊張感が否が応でも高まった。

 確かに、この迷宮の魔物を間引きできるくらいの存在だ。

 手を抜いたら、確実にやられる。


 アルトとマギカは距離を取り、空気を察したリオンが前に出て盾を構える。


「ほな、いくで?」


 そう口にして、シズカが動いた。

 いや、アルトの目には動いたところが見えなかった。


 見えてはいた。捕らえてはいた。だが、認識できない。

 あまりに自然で無駄のない動きのせいで、動いているのに止まっているように見えるのだ。


「その盾は、怖いなぁ」


 一番前で盾を構えたリオンの脇に、閉じた鉄扇が添えられた。


「ガハッ――!!」


 たったそれだけで、リオンが蹴鞠のように吹き飛んだ。


 即座にアルトは〈罠〉を展開し、発動。

 だがやはりというべきか、〈罠〉がシズカに反応しない。

 レベル差がありすぎて通じないのだ。


 すぐに頭を切り替え、魔術を発動。

 自分の周りに〈攻性防壁〉を展開。その隙間から、四属性魔術を次々と放っていく。

 だが、アルトの全力を尽くした攻撃は、シズカが1歩動く度にその横をすり抜けていく。


「ああ、怖い怖い」


 まったく捕らえられない。

 シズカは素早く動いていないのに、ちっとも当てられない。

 だが、1人で対処出来なければ――、


 アルトは容積だけは大きな〈水球〉を放つ。

 それもいままでと同様に、たった1歩で避けられてしまった。

 だが地面に落下し溜まった水へと、アルトは〈焦熱地獄(ヘルフレア)〉を放つ。


 次の瞬間、

〈焦熱地獄〉が触れた水が一気に蒸発。

 水蒸気がシズカを覆い隠した。


 アルトの水蒸気煙幕と同時にマギカが動く。


 己の全速力を持って接近し、マギカは〈連続攻撃〉でシズカがいるだろう場所を打ち抜く。


 しかし、


「急接近したら、水蒸気が揺れて居場所がバレバレやで?」


 シズカはいつのまにかマギカの背後を取っていた。


 即座に防御姿勢。

〈ステップ〉を行い離脱。

 敏捷力にものを言わせ退避するが、しかしシズカはそれを許さない。


 地面を蹴って離脱が遅れた右足をあっさり捕まえる。

 たったそれだけで、マギカの離脱の勢いが完全停止。

 脳が上下に揺れ、一瞬意識が飛ばされる。


「勇者を舐めんじゃねぇぇぇ!!」


 激しい衝撃から素早く復帰したリオンが、盾を掲げてシズカに体当たりする。


 リオンが狙った隙は、おおよそこれまでのリオンらしくない完璧なものだった。

 だが、リオンの完璧をシズカは軽く凌駕する。


「そない突進したら、仲間が傷付くで?」


 シズカは体を返した力だけで、マギカをリオンに投げつける。


「どわ!?」


 マギカが盾に当たれば、その衝撃が彼女に反射してしまう。

 目の前にマギカが投げつけられ、リオンは慌てて盾を外す。

 受け止めるなど出来ず、2人は見事に衝突した。


「あらぁ、ずいぶん綺麗に当たるんやねぇ」


 衝突を回避すると思ったが、そこまでの芸当はまだ出来ないようだ。

 少々、高く見積もりすぎただろうか。

 シズカは内心落胆する。


 アマノメヒトの使徒――マギカ。

 同じ神に仕えるよしみで修行を買って出たことがある少女。実に真面目で、真面目過ぎて、不器用なほど真面目で、だから堅すぎる。

 強さはあるが、その真面目さ故に使命の重さに振り回されている。


 エルメティアの愛子――リオン。

 エルメティアの愛子たるヴァンパイアの青年。体力はずば抜けていて、肉体性能もずば抜けていて、なのに不器用さもずば抜けている。

 折角のギフト〈勇者〉がまるで使いこなせていない。


 そして、〝神々の祝福を受けた者〟――アルト。

 彼は――、

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