第76話 訓練のお時間2

「…………マスを破壊出来たか。よくやった」


 まったく真逆の意図を感じる声色だった。

 この教師は、アルトの試験を担当した人だ。


(たしか名前は……レバンティだったかな?)


「ありがとうございます、レバンティ先生」


 アルトは得意になることなく、謙虚に頭を下げた。


 このマス破壊は、大人の平均よりも上、新任の兵士よりも下程度の身体能力があればクリア出来る。


 成功したところで、優越感など生まれようはずもない。

 何故ならアルトは、そんな次元の低い場所で戦っていないからだ。


 だがギャラリーの受け取り方は違った。


「ナマイキ」「短剣使いの素人が」「農民が偉そうに」「☆1の劣等者め」「分をわきまえろよ」「クズ」「ゴミ」「カス」

「クスクス」

「クスクス」


 どうもアルトの態度が、自慢をしているように受け取られてしまったようだ。

 暗い波動がアルトに一斉に襲いかかる。


「その武器は、もしかして龍の牙か?」

「はい。おっしゃる通りです」

「そうか」


 なにか考え込むように、レバンティが口に手を当てた。

 彼の口が手で覆われる直前、ニヤッと嫌らしく歪んだ。


(なんだろう。嫌な流れだな……)


「あの、先生。もう戻っても良いですか?」

「ああ……いや、ちょっと待て。そんな高価な短剣が、お前にうまく使えるのか?」

「……」


(使えるかどうかは、いま見せたでしょ……)


 その言葉を、アルトはぐっと飲み込んだ。

 まかりなりにも、相手は宮廷学校の教師である。

 ここは穏便に収めた方が良い。


「どうで――」

「いいや使えない。どうせいまの攻撃も、その短剣を力任せに振るっただけなんだろう? 武器の切れ味に頼っていては、力が伸びないぞ。悪いことは言わない。店売りの短剣を使いなさい」

「はあ」

「お前のレベルが上がるまで、俺がその短剣を預かってやろう」


 ――なるほど、そう来たか。


 相手の狙いが読めたアルトは、途端に頭が痛くなった。

 まさか宮廷学校の教師ともあろう者が、その権力を使って生徒から所持品を巻き上げようとするとは、思いも寄らなかった。


 生徒が自分よりも高級な武器を持っていたら、欲しいなぁと思ってしまったのだろう。

 欲しいと思う気持ちは、アルトにも理解できる。

 しかし、それを実行するとなると話は違う。


「ほら、その短剣を寄こしなさい!」


 無理矢理奪い取ろうとするレバンティの手を、アルトはするりと躱し、ステップを踏んで距離を開ける。


「これは、大切なものなんですが」

「大きな力は身を滅ぼすぞ」


 そう言いつつも、『農民ごときが手にするような武器じゃない。その武器を俺に寄こせ!』と言わんばかりに目がギラついている。


「俺に渡すのはそんなに嫌か?」

「はい」

「ならば条件を付けよう」


 レバンティが一差し指を上に突き立てる。

 なにかよからぬ事を企んでいることは、その浅ましい目つきで簡単に分かった。


「鬼ごっこをしよう。授業が終わるまでに俺に捕まらなかったら、それはお前が持っていろ。だが一度でも、少しでも俺の手がお前に触れれば、その短剣を俺に渡して貰う」

「……」


 その条件に、アルトは絶句した。


(授業を放っぽり出して、自分の欲望を叶えようとするなんて。こいつ本当に教師か?)


 この授業には、他の教師も参加している。

 武術担当がレバンティで、魔術担当がドイッチュだ。


 しかしドイッチュはレバンティを止める素振りがない。

 むしろ、この出来事をニヤつきながら見守っている。


 マス破壊でスケープゴートに失敗したから、次は教師自らの手で農民を叩いてみんなを安心させるつもりなのか。


 アルトをボコボコにし、頭を足で踏みつけながらこう宣うのだ。


『ほら恐れる必要はない。所詮農民は農民なのだ!』


「拒否するなら、負けと見なす」


(さて、どうしよう)


 ここで鬼ごっこ(負ければ持ち物強奪)に参加するべきかどうか。

 迷うアルトが視線を彷徨わせると、驚いたことにマギカが『ヤレ』という視線をアルトに向けていた。

 しっぽがピンと上に立っていて、アルトがやらなきゃ私がやるよと言っているようだ。


 彼女とは打って変わって、リオンはおとなしい。


(マギカよりまずモブ男さんが一番に怒ると思ったんだけど……)

(……はあ。仕方ない)


 珍しくマギカが滾っているようなので、その気持ちに甘えることにする。


 今後起るだろう面倒くさい騒動については、A組で特待生であるマギカにすべて処理してもらおう。

 そう視線で伝えると、マギカは僅かに動揺した。


「わかりました。その挑――遊び、引き受けます」


 レバンティが挑戦者で間違いはないのだが、一応は教師である。

 さすがに挑戦と言うのは憚られた。


 たとえ強奪者となっても、アルトとの立場の差は決して対等にはなり得ないのだ。


「素直で良い。では始めるぞ」


 面白そうに鼻を鳴らしながら、レバンティがアルトに飛び込んできた。

 彼はすでに、龍牙の短剣を手にしたところを想像しているに違いない。

 その顔に、余裕が浮かんでいる。


 しかし彼の余裕は、アルトにとっての隙でしかないのだ。

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