第205話 またあそぼーね♪

(今度はわたくしが、オリアスを助ける番ですわ!)


 腰に差した宝具≪我が信じる絶対の正義(トラステスト・ジヤスティス)≫を握りしめる。


 かねてより、シトリーは自らの正義を信じていた。

 いまだって、心の底から信じている。


 けれど、正義への考え方は、以前とは大きく異なっていた。


 ほんの少し前までは、自身から正義が失われたと思っていた。

 だが、それは勘違いだった。


 シトリーの正義は、消えていなかった。

 ただ少し、形が変化しただけだった。


 正義はまだ、胸の中に残っている。

 それに気づいた瞬間から、失われた力が宝具に再び宿り、シトリーの呼びかけを待っていた。


 また、一緒に戦ってくれるのか。

 あの日、約束を違えたのに……、また、信じてくれるのか。


 ならば呼びかけよう――そして制約する。


「我信ず。破壊に正義の誇りなし。

 弱きを護る力こそ、悪を挫く秩序なり。

 これこそ我の永遠の――悪を滅する正義の誇り」


≪民を守護する正義の誇り(オナー・オブ・ジヤスティス)≫


 瞬間、宝具がシトリーの呼びかけに応じ、まばゆく発光した。

 開放された宝具の力が、オリアスの力を奪っていく。

 その光は邪な力を排斥し、以前の秩序を取り戻す。


 既に限界を超えたオリアスの宝具から力が徐々に失われ、通常の状態へと強制回帰させられた。


≪民を守護する正義の誇り(オナー・オブ・ジヤスティス)≫の効果は『秩序の回復』。

 体の秩序を乱すものは、排除の対象だ。


 ヴェルが埋め込んだ宝具が、腹部から盛上がるように姿を現わし、体外に排出された。


「上手く、行きましたわね……」


 宝具解放の力は、ジャスティス家初代当主が使ったと伝わっている。

 その後、宝具の力を解放出来た当主はいない。


 これまで宝具解放を行えた使用者は、片手で数えるほどしかいない。

 それに≪民を守護する正義の誇り≫の成功は、ジャスティス家にとっての悲願でもあった。


 それをまさか、無才の自分が行えるとは……。


 安堵の息を吐くと、シトリーの腰がすとんと抜けた。

 臀部が地面に落ちた衝撃に、思わず苦笑する。


「ものは試しといいますが、本当に成功するとは思ってもみませんでしたわ」


 宝具との制約を失ってからいままで、宝具を行使しようとは一度も思わなかった。

 それに意識を傾けることさえなかった。


 かつて、宝具を使いこなそうと藻掻いていた自分の努力はなんだったのだ。

 努力しているうちは近づけないのに、努力を辞めた途端に成功してしまうなんて、皮肉である。


 けれど……たぶん、これでいいのだ。


 苦行がイコール努力ではないし、苦しんだからといって成果が出るわけでもない。

 正しい努力とは、きっと、振り返って初めて『自分はあの時、努力していたんだ』と気づくものなのだ。

 遊ぶように自然と努力を重ねるアルトを見ていると、心の底からそう思う。



「さて、次はヴェルの処遇ですわね……って、あら? ヴェルはどこへ?」


 その言葉で、アルトは急ぎヴェルを見た。

 しかし、ヴェルの姿がない。

 あるのは彼女を簀巻きにしていた縄だけだ。


「一体どこに!?」

「捕縛たいしょーから目をはなしちゃ、だめだよ、おにーちゃん?」

「――ッ!!」


 ぞっとするような甘い声。

 ヴェルの唇が、耳に触れそうなほど近い。


 全く警戒していなかったわけではない。

 常に緊張状態は保っていた。

 なのに、間合いに踏み込まれた上に、声を聞くまで全く気配に気づけなかった。


 アルトは防御姿勢を取りながら、急ぎ距離を取る。

 死を意識した回避行動だったが、幸いにもヴェルはこちらに攻撃をしてこなかった。


「あーあ。作戦しっぱいー。でも、ま、いっかー。面白いおもちゃをみつけたしねー」


 ヴェルの気配に、背筋がふるえる。

 自分がまるで、猫に見つめられたネズミにでもなった気分だ。


「どど、どうすんだよ師匠!?」

「……っ」


 先ほどの戦いでは本当にギリギリだった。辛うじて勝てたが、アルトの手札はすべて相手に見せている。

 再びヴェルを捕らえるのは至難の業だろう。


「んふー。あんしんしていいよー。ぼくはもう、たたかうきはないからー」

「……」


 背中に嫌な汗がにじむ。

 相手の意図が、まるで読めない。


 読めないから、何が起るかわからない。

 わからないから、恐ろしい。


「おいチミっこ!」


 しかし、空気も読めない男(勇者)は違った。

 圧倒的な武力を持つヴェルに対して、唐突に喧嘩を売り始めたではないか。


「お前のせいで街がこんなんなっちまっただろ! ちゃんと修復しろよ!」

「ちょ、ちょっとリオンさん。今は堪えてくださ――」

「しゅーふくなら、もうしたよー」

「「えっ?」」


 そう言って、ヴェルはオリアスを指さした。

 ちらり見ると、彼の体に刻まれていた無数の傷跡が、ほとんど消えていた。


「まさか、回復魔術? でも……どうして……」

「遊んでくれたおれーだよー」

「お礼?」


 振り返ると、しかしヴェルの姿は既に消えていた。

 恐るべき隠密能力。

 アルトの察知能力をしても、居場所が掴めない。


「またあそぼーね、おにーちゃん!」


 その言葉だけを残して、僅かにあったヴェルの気配が完全に消えたのだった。

 警戒態勢のまま、数分が経過した頃、


「……一体、あの子はなにがしたかったんだ?」


 やっとの思いで、アルトはその言葉をひねり出したのだった。

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