第87話 ハンナ育成計画6

「な、なんだよ急に!」


 リオンが驚き仰け反った。


(素直に感謝したのにその反応は酷い……)


「ふ、ふん! これで貸し1つだからな」

「僕はモブ男さんに、いろいろと貸してるはずですけど――」

「あーあーきこえなーい」


 まったく都合の良い耳である。


 倒した魔物は、既にルゥがあらかた平らげた。

 しかし地面に吸い込まれた血液だけは、ルゥでも食べられない。


 以前討伐したドラゴンのように、血の臭いに釣られて妙な魔物が出てくるとも限らない。

 ハンナが目を覚ますまで、アルトは辺りの警戒を続ける。

 しばらく経った頃、ハンナが目を覚ました。


「おはよう」

「あ、おはようございま……」


 先ほどの記憶を思い出したのだろう。ハンナが慌てて口に手を当てた。

 アルトはカップに注いだ水をハンナに手渡した。


 すべてを吐き出したから、体の水分が欠乏しているはずだ。

 予想通り、水を飲むと少しだけ表情が和らいだ。


「…………情けない姿を見せて、すみませんでした」

「いいのいいの。あれは誰もが通る道みたいなものだから」

「アルトさんも?」

「んー……」


 アルトは前世の記憶を掘り起こす。


 村が壊滅したあの日。アルトは屍の山を越えてきた。

 その時に、慣れてしまったのか。

 あるいは感受性が壊れてしまったのか……。


 あの経験があるからか、魔物を倒したくらいで気分が悪くなった記憶はない。


「僕は、なかったかなぁ」

「そう……ですか」


 ガッカリしたようにハンナは肩を落とした。


「……なんで、魔物を倒すんでしょうか? ここに呼び寄せたゴブリンって、なにか悪さをしたわけじゃないんですよね? いくら強くなるためだとはいっても、自分が強くなるためだけに命を奪うのは、悪い考え方……なんじゃないでしょうか?」


(うーん。どつぼに填まってるな……)


 ハンナの疑問は、魔物を倒す理屈の根底を考えれば、すぐに理解できる。

 難しいようで、すごく簡単な問題だ。


 アルトはしばし考えて、口を開く。


「僕が初めて魔物を殺したのは、8歳の頃だった」

「すごいですね。8歳でもう魔物を倒せたんですか!」

「いや、凄いことじゃないよ」


 これは前世で、初めて魔物を倒したときのことだ。


「僕が暮らしていたのは、スイーリア州コンパイの近くにある小さい村だった。その村が、大量のゴブリンに襲われた。

 戦える人は戦ってたと思う。僕は両親に連れられて、村から逃げ延びたんだ。

 そのあと、しばらく経ってから僕は村の様子を確認しに戻った。ゴブリンは綺麗さっぱり消えてた。たぶん、違う得物を狙って別の場所に移動したんだと思う。

 生き残りがいるかも知れないって思ったんだけど、村のほとんどの人がゴブリンに殺されてた。僕の両親も、ゴブリンに殺された」

「そんな……」


 アルトの告白に、ハンナが息を呑んだ。


「両親が生きてるんじゃないかって、少し期待してたんだけど……」アルトは首を振った。「村を見て回ってるとき、一匹のゴブリンに遭遇したんだ。

 僕を見るなり、ゴブリンが襲いかかってきた。僕は近くにある、武器になりそうなものを拾って構えた。

 そこからは、必死だった。

 ゴブリンの命を奪うこととか、ゴブリンに両親を殺されたこととか、そんなものを考えてる余裕なんてなかったよ。とにかく倒さなきゃ殺られる。すごく必死で、それだけしか考えられなかった。


 僕らが魔物を倒すのは、まず第一に命を守るためだ。誰だって、殺されたくないでしょ?

 第二の理由が、備えるためだ。被害が出ないと備えない、なんていうのは最悪。備えっていうのは、被害を出さないためにあるものなんだ。

 その備えの一つに、間引きがある。

 魔物は当たり前だけれど増え続ける。増えれば当然、その場の獲物だけじゃ足りなくなって、いつか必ず人を襲う。だからそうならないように、間引かなきゃいけない。

 それを踏まえた上で、『自分はなんで魔物を倒すのか?』を考えていけば、たぶんいまハンナが抱いてる悩みは、解消できるんじゃないかな?」


「…………アルトさんが魔物を倒す理由は、なんですか?」


 アルトはハンナの瞳をまっすぐ見つめ、言う。


「強くなって、大切な人を守るためだ」


 それがアルトの決意。


 ――もっと力があれば救えたのに!

 前世でハンナを失った時から、アルトはずっと後悔し続けている。

 この後悔の楔を打ち消すために、今も戦い続けている。


(絶対に、助けてみせる!)

(そのためなら、どれだけこの手が血に染まろうと構わない!)


 横目でハンナを伺いながら、アルトは己の誓いの堅さを何度も確かめた。

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