第80話 再び、結ばれる小さな手
(大変。『使用中』の札をかけ忘れた!)
ハンナは慌てて上体を上げた。
その時だった。
「失礼しま――あっ」
「あっ――!!」
訓練室の出入り口に佇む人物を見た瞬間、鼓動が強く胸を叩いた。
その人物はハンナが、宮廷学校に入学してからずっと想い続けた、アルトだった。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
ハンナを姿を見た瞬間、アルトは『しまった』と思った。
今世では、なるべく彼女に近づかないよう心がけていた。
それは決して、彼女のことが好きではなくなったからではない。
その逆で、彼女のことが好きだからこそだ。
アルトは前世で、ハンナと恋仲になった。
しかし今世では赤の他人だ。
ハンナに近づけば、前世と今世の態度の違いに、辛くなるのは目に見えている。
それに寿命(リミット)の件もある。
だからアルトは初めから、ハンナと会話さえしないと決めていた。
なるべく彼女に近づかないよう心がけてもいた。
にも拘わらず、ここへ来て、うっかり急接近してしまった。
「そ……外に『使用中』の札が出てなかったんだけど……」
「ご、ごめんなさい。札をかけ忘れてました!」
頬を赤く染めたハンナが、過呼吸になりそうな程浅く早い呼吸を繰り返す。
「あっ、自己紹介! ボクはハンナ。ハンナ・カーネル、です」
「僕はアルト」
「よろしくおにゃがにしましゅ!」
ハンナが舌を噛みながら、勢いよく頭を下げた。
その慌てぶりがおかしくて、懐かしくて、アルトは少しだけ笑ってしまった。
(やっぱり、前世となんも変わらないな……)
アルトが笑ったことで場の雰囲気が少し和らいだ。
このまま、ハンナと仲良く話したい……。
居心地の良い空気に、決意が揺らいだ。
しかし、アルトは心を鬼にして、思いを断ち切ろうとした。
「訓練の邪魔をしてごめんね。それじゃあ僕は――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
訓練室から出ようとしたアルトを、ハンナが引き留めた。
一瞬、聞こえなかった振りをして、このまま出て行ってしまおうかと思った。
しかしアルトの心は、非常な鬼にはなりきれなかった。
「うん、どうしたの?」
「あ、あの、その……、レバンティ先生の攻撃を一切受けなかったこととか、1マス破壊のこととか、いろいろ、気になっていたんです」
「……う、うん。そうだったんだ」
「アルトさんさえ良ければ、その、短剣術を教えて欲しいんです」
「いや、それは別に僕じゃなくても良いんじゃないかな? ハンナ……さんなら、もっと良い指導者がいるよ」
「呼び捨てでいいですよ、同級生なんですし。……それで指導者のことですけど、いままでいろんな先生に指導してもらったんです。中には国王直轄部隊に所属する指導者もいました。その全員に、ボクは匙を投げられてしまったんです」
「……」
「だから、たぶんアルトさんもきっと、僕に失望してしまうかもしれません。けど、ボクはアルトさんに教えて欲しいな、って……」
ハンナが肩を振るわせた。
断られるのを怖れているのだ。
アルトは必死に頭を働かせる。
もはや、ハンナと一切関わらないルートは途絶えた。
では次に、自分はなにを選べば良いのか、最善のルートがわからない。
「あの……駄目、ですか?」
ハンナに見上げられて、アルトは観念した。
前世の恋人のお願いを、断れるはずがなかった。
それに、アルトはハンナの努力の跡を見てしまった。
彼女の手は、豆が潰れて血が出ている。
短剣術の訓練を必死に行っていたのだ。
それだけ努力している人を、アルトは見捨てることなど出来なかった。
「わかった。こんな僕で良ければ、いくらでも力を貸すよ」
そう言って手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます! 宜しくお願いします!」
ハンナが顔に、いっぱいの歓喜を浮かべた。
熱くて、ぼろぼろで、がさがさで、血まみれになっている。
そんなハンナの小さな両手が、アルトの右手を包み込んだ。
こうして今日。
アルトは再び、ハンナと友人になったのだった。
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