第240話 悪魔の気配
やけになったリオンが〈シールドバッシュ〉でリトルドラゴンを破砕する。
もう3ヶ月もシズカに挑み続けているが、ここまで全戦全敗。
間違いなく、リオンは強くなっている。
レベルは上がった。熟練も上がっている。
なのに、レベルや熟練が上がれば上がるほどシズカもまた強くなっていくのだ。
手を伸ばすだけ遠ざかっていくような感覚に、リオンは狡いとさえ思った。
(なんだよあれ? 反則だろ!)
こちらが強くなれば相手も同じだけ強くなるというようなギフトがあるんじゃないかと疑ってしまう。
何度かアルトに訊ねてはみたが、そういうギフトはないと首を振った。
師匠の言葉はほぼ無条件に信じているリオンであっても、彼女の強さはいささか疑問である。
ただ、アルトは間違いなくシズカに近づいている。
これまで何度もシズカにかすり傷を負わせてきた。
その度に、
『乙女の柔肌に傷付けるなんて、極悪非道な男や!』だの、『この戯け!変態!ボケカス!!』だの、シズカは散々悪態をついている。
きっとアルトは、なにか掴みかけているのだ。
シズカを打倒するための力に。
それとなく訊ねてみるが、彼は力の根源を答えてくれなかった。
しらばくれているのではなくて、彼自身もうまく把握してないのだろう。
感覚ではわかるが、言葉では言い表せないのだ。
そういう感覚は、世の中に無数存在している。
リオンがキャベツを愛している理由だとか、敵に〈挑発〉を使うときの感覚などがそうだ。
「おらぁっ!」
モヤモヤを打ち消すように、盾で手近な魔物の頭部を粉砕した。
リオンの盾は反撃機能付なので、〈シールドバッシュ〉がとてもかみ合う。
正直、長剣で攻撃するより凶悪なダメージを与えられるので、「あれ、もう長剣要らないんじゃね?」とさえ思えてくるほどである。
しかしリオンは勇者。
勇者とは長剣を装備する生き物である。
故にリオンは長剣を手放す気はさらさらない。
時折、ふとした拍子に何故自分がここにいるのかと思うことが多くなった。
もう、戦わなくても良いんじゃないか?
休んでいれば良いんじゃないか?
時々迷宮に籠もり、大金を稼いで悠々自適に暮らせば良いのでは?
そう、悪魔が囁きかける。
だんだんと気分が暗くなって、もう何もしたくなくなってくる。
まるで悪霊にでも取り付かれたかのように。
そういうとき、リオンは決まって一度立ち止まり、自分の頬を力強く平手で叩く。
舐めんな!
俺は勇者だ!
お金を稼いで豪邸を建てて美女を侍らせて、ハリウッド映画に出て紅白歌合戦にも出て、国王になって英雄になって、それからええと……。
言葉を並べているあいだに、聞き手の悪魔がすぅっと消えていく。
なんでよ!?
最後まで聞いてくれよ!!
と……兎に角走り続けろリオン!
ファイト、オレ!
悪魔にさえ呆れられた気がしてリオンは涙ぐみながら、それでも気持ちを立て直し、次の魔物へと立ち向かっていく。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
ここ1・2ヶ月の間に、アルトは嫌な雰囲気をよく感じるようになってきた。
おそらくそれはシトリーの船で感じたものと同じ。
〈気配察知〉を伸ばせばすぐに消えてしまう。まるで気のせいだったかのように。
けれどその消え方がまるで、アルトに存在を知らしめるかのように感じられ、印象に強く残っている。
久しぶりの休日。
アルトは大通りから少し外れた場所にある茶屋で抹茶を堪能していた。
今回は初めて来るが、前回一度来たことがある。
赤い敷布の敷かれた長椅子に腰を下ろし、里の風景を眺める。
あと数週間でサクラが咲くだろう。
トウヤには、実に沢山のソメイヨシノが植樹されている。
特にこの店先にあるソメイヨシノは、実に見事な大木に成長している。
おそらくここに来た元日本人の中に造園師か植木職人がいたのだろう。でなければ、クローン植物たるソメイヨシノが増えるはずがないのだ。
この景色を見たら、ハンナはどう思うだろう?
ハンナに、見せてあげたい……。
それは前回のアルトの思い残しであり、今回のアルトの夢でもある。
いつかハンナにこの景色を、見せてあげたい。
きっとハンナは喜ぶだろう。
アルトがまだ硬いサクラのつぼみを見ていると、その隣に1人の女性が腰を下ろした。
「すんません。お茶っこ1つ」
「へーい」
女性はまるで、そこの常連であるかのように滑らかに茶を注文して、アルトと同じようにサクラを眺めた。
「まさか、アルトがここにいるとは思わんかったわぁ」
「僕もです。シズカさんはここに通っているんですか?」
「暇があるときだけやけどね」
隣に座ったシズカが悪戯な笑みを浮かべて人差し指を唇に当てる。
自分がシズカであることな内緒やで。そういう動きである。
その指にはテミスと同じ、格下げの宝具が填まっている。
「アルトはサクラが好きなん?」
「ええ。サクラはとても良いですよね」
「まるで知っとるような口振りやね。サクラは日那州国の固有種。他の国にはないはずやけど?」
「以前、見たことがありまして」
「ふぅん。そうだったんやねぇ」
……危なかったぁ。
日那州国から他国にサクラの輸出はされてなかったのか。
咄嗟についた嘘を信じてくれたようでよかった。
「最近どないや?」
「どない……とは?」
「子作りに励んどるか?」
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