第55話 おじゅけん5
学校にある鍛錬室は、受験生の体力測定でフル稼働していた。
受験生は次から次へと鍛錬室に入り、一喜一憂の表情を浮かべて鍛錬室の出口から出てくる。
一人あたり1分も掛からないが、1万人の受験生もいるとなると1万分。一人で対応しようとすると166時間以上かかる計算になる。
鍛錬室は現在1階と2階を合わせた30室で、体育会系試験官が総掛かりで試験を執り行っている。
そんな中、二階の鍛錬室にいる試験官レバンティは、年々力を失っていく受験生に悩んでいた。
宮廷学校は国のエリートを育てる学校だ。
しかし、エリートという基準は人それぞれだ。
たとえば魔術学の教師であるドイッチュは、官僚として王を支える脳力(のうりょく)であると答えるだろう。
だがレバンティは、外敵から国を守るための筋力だと考えている。
そんな中、受験生や入学生の間では、エリートの基準が一致しつつあった。
『汚い・キツイ・危険』
そう言われ、騎士の仕事が敬遠されてきているのだ。
特に貴族の子どもはこの傾向が強い。
(楽な方向ばかりを目指しおって)
(いまの若者はなんと情けないことか)
(この軟弱者め!)
レバンティは次から次へと試験にやってくる受験生たちを睨み付ける。
その大半は、試験科目の一つである錘を、持つことさえできなかった。
錘は一つあたり50kgある。
これを手に持つことで1点。
頭の上まで持ち上げて3点が付けられる。
(たった50kg程度の錘が持てないとは貧弱な!)
(ユーフォニアには枯れ草みたいな奴しかいないのか?)
ここまで数百人も見てきたが、半分も頭より上に持ち上げられた者はいない。
持ち上げられたもののほぼすべてが、騎士階級の子息か平民だった。
この試験をクリア出来なかったものは、残る垂直跳びと1マス破壊も似たような結果を残している。
垂直跳びは50cm以上で1点。
最大で80cm以上飛べば、3点が付けられる。
1マス破壊は、武器を使ってマスを破壊出来れば4点。
できなければ0点だ。
残念なことに、現時点で10点満点を獲得した者はいない。
レバンティがため息を吐き出して、この日300人目の0点だった少年を見送る。
(今年は、俺の受け持ち中で満点を取れる奴は出ないかも知れないな……)
そう思っていた矢先、次の受験者が錘をあっさりと頭の上まで持ち上げてみせた。
「っ!?」
目の前の受験者は、大きな耳に大きなしっぽのある獣人の少女だ。
錘を持ち上げられて嬉しいのか、しっぽがふりふり揺れている。
(さすがは獣人だ!!)
まったくの赤の他人なのに、レバンティはまるで自分の子どものような視線を向ける。
ある面において、レバンティは獣人崇拝者的側面を持っている。
というのも、獣人は人間よりも強靱な肉体を持っているためだ。
(きっとドイッチュあたりは、蔑んだ目でこの少女を見ていたのだろうな)
自らの想像に苦笑しつつ、レバンティは用紙に3点を記入する。
次の試験は垂直跳びである。
少女の結果は、先ほどの垂直跳びと同様だった。
1mを超えた位置に付いた手形を、レバンティは内心呆れつつ眺めている。
この試験での計測は1mまでで、それ以上は計れない。なので彼女が何cm飛んだかは分からない。
しかしどうやら、レバンティの最高記録である1m23cmは超えていそうだった。
(いやはや……なんという傑物なのだろう!)
ここまで惰弱者揃いだっただけに、少女の身体能力にレバンティはいたく感激した。
ただし、次の1マス試験は筋力だけでは点数が入らない。
この1マス試験が、実のところ体力試験においての一番の難関だった。
用意されたマスはミスリル製で10cm四方。
そのマスには術式が付与されており、一定以上の衝撃が与えられた時のみ、綺麗に破損するように作られている。
(さてどうする?)
レバンティが見守る中、少女は手に鉄拳を填めて無造作に構えた。
特に力む素振りもなく振り抜いた拳は、あっさりとマスを砕いた。
「――なん、だとっ!?」
レバンティの体を雷が貫いた。
彼女の攻撃動作には、一切無駄がなかった。
また力加減も絶妙だ。
振り抜かれた拳は、意図通りにマスのみを破壊している。
ただ力が強いだけの者ではこうはいかない。
マスとともに、下の台座まで壊してしまう。
腕力・練度・瞬発力――そして才能。
どれをとっても一級品の攻撃だった。
「…………ありがとう」
「?」
レバンディの口から、自然と感謝の言葉が溢れた出た。
(この芸術を見せてくれてありがとう)
(素晴らしい攻撃だった……)
その意味が分からない少女は訝しそうな表情で首を傾げ、試験室から退出した。
レバンティは彼女の背中を眺め、熱いものを堪えきれず上を向いて、目頭を強く押さえる。
才能溢れる受験生をこの目で見られた幸運を、彼は主神フォルテミスに深く感謝するのだった。
涙が乾いた頃、新たに現れた受験生は、平均よりもやや年齢の高い青年だった。
頭が悪そうな顔をしており、軽薄な雰囲気がある。
(なんだ、記念受験か)
青年の姿を見たレバンティは、落胆を隠そうともしなかった。
王立宮廷学校の入学試験を受けるだけでも、かなりの受験料がかかる。
合格する能力もないのに試験を受けるなど、金をドブに捨てるようなものだ。
にも拘わらず、少なくない数の記念受験者が現われる。
この男もそうなのだろうと、レバンティは高をくくる。
「やっと得意分野だぜ!」
(力がないから、口でアピールか? こりゃ駄目だな)
やる気を失ったレバンティの前で、青年が錘を掴む手に力を込めた。
「せいっ!」
気合の声を上げた、瞬間だった。
――ズゴオォォォン!!
錘がすっとんで天井に突き刺さった。
「………………は?」
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