第17話 子どもとは思えぬ所業
キノトグリスに入ってからも、アルトは常に自若としていた。
ギルドで大量の魔石を売り払い、多額の貨幣を目にしたにもかかわらず、彼は金欲に吞まれることはなかった。
武具店に足を運んだとき、年齢だけを理由に店主は彼に武具を売らなかった。
店主の目は決して節穴ではない。
同じ栗鼠族でも、初めて出会う同胞が成人しているかどうか、判断出来ないことがしばしばある。
にも拘わらず、彼はマギカが成人していることを、一目で見抜いていた。
彼の人を見る目は、確かである。
だからアルトが相当腕利きの冒険者であることに気付いていたはずだ。
それでも武具を販売しなかったのは、ドワーフという種族の性格のせいだ。
ドワーフは子どもをこよなく愛する種族である。
そんなドワーフだからこそ、アルトが実力者であると判っていても、命を殺めることも、殺められることもある危険な武具を、販売しなかったのだ。
また、ドワーフは一度決めたらテコでも動かないことでも有名だ。
何度アルトが願い出ても、店主は首を縦に振らなかった。
そんな店主に憤ることなく、アルトはすべてを飲み込んで身を引いた。
彼程の力があれば、力に物を言わせてドワーフから武具を奪い取ることなど造作もない。なのに、それをしなかった。
強大な力を持ちながらも、呑まれていない。
(まるで……力がなんの役にも立たないことを知ってるみたい……)
これほど謎めいた人間に出会うのは初めてだった。
たった一日で、マギカはアルトという存在の魅力から、逃れられなくなっていた。
彼女はこの世界を変革させる英雄を、なんとしてでも見つけ出さねばならない。
それが、生まれながらに背負ったマギカの天賦(しめい)だった。
【天賦】武聖
【職業】英雄ノ右腕(たたかいぬくもの)
その変革に、アルトが繋がっているのではないか。
マギカはそんな予感を覚えていた。
そして時間を追う毎に、その予感が強くなっていく。
当然ながら、彼は決して世界が産んだ英雄(てんぷ)を持っていない。
そもそも、天賦〝英雄〟の所持者は女性だ。
そう、マギカは同族の星読みに告げられた。
アルトが英雄である可能性はゼロである。
しかし彼が、彼という存在が、英雄に大きな変化をもたらす可能性は非常に高い。
神がすべての運命を定め、逸脱を決して許さぬこの世界で、子どもという枠組みを外れたアルトが傍に居れば……。
人間として生きた英雄は、アルトという鍵を得て、天に次ぐ亜神となる。
そうしてこの世界に、本当の変革を起こすだろう。
そんな希望を、マギカは強く抱いたのだった。
夜も更けた深夜0時。
布団の中でアルトとの出会いを回想していたマギカは、ふと妙な気配に気がついた。
ベッドの傍に置いてある鉄拳を、そっと右手に填める。
隣には、鍛錬でマナを使い切ってしまい、白目をむいて眠るアルトがいる。
彼は規則正しく寝息を立てている。
マギカが感じた妙な気配は、彼のものではない。
(なら……侵入者?)
ふっ、と頬を風が撫でた。
音もなく部屋の窓が開かれた。
外から黒い服を着た人間が一人、部屋に侵入した。
マギカは過去に、刺客を送り込まれた経験が何度もある。
その経験からいって、侵入者の技量は密偵レベルだと推察できた。
暗殺者が持つ【隠密】ほど気配を隠蔽できてはいないから、間違いない。
「んー……」
マギカはわざとらしく声を上げ、軽く寝返りを打った。
それは『今すぐ帰るなら見逃してやる。だがそれ以上踏み込めば容赦はしない』という、侵入者への無言の警告だった。
寝返りに驚いたのか、侵入者の息が止まった。
しばし硬直した相手は、マギカを無視してアルトに近づいた。
(アルトを、襲うの?)
その時、マギカに邪な考えが浮かんだ。
(アルトは襲撃に、気付く?)
この襲撃に、アルトがどう反応するか見たくなった。
ナイトウルフに囲まれても、大金を手にしても、一切動じなかった彼は、この襲撃でどのような反応を見せるだろう。
様子見するとはいえ、ピンチに陥ったら即座に助けるつもりだ。
いつでも動けるように呼吸を整える。
マギカが警戒する中、刺客は武器を取り出――さなかった。
(――えっ?)
刺客は武器も抜かず、ベッドの傍に置いてある鞄を真っ先に覗いた。
まるで、その中に大量の金貨が詰まっていることを知っているかのように、動きに迷いがない。
その者は、鞄に集中していた。
しかし、あまりに集中しすぎていたせいで――、
「こんばんは?」
アルトの接近に気づけなかった。
「――ッ!」
刺客の顔を覆った布から、僅かに悲鳴が漏れた。
刺客は慌てた様子で胸に手を入れ、刀身が黒い短剣を抜いた。
(殺る気?)
マギカが息を飲む。
だが、事態はマギカの予測に反し、呆気なく終わった。
武器を取り出したまままごついている刺客の短剣を握り、アルトがその胸に手を当てた。
「〈空気砲(エアバズーカ)〉」
ドッ! という鈍い音とともに、刺客はとてつもない速度で窓の外へと吹き飛んでいいった。
「……」
なんともあっさりとした幕切れである。
侵入者の後を追うか、衛兵に通報するか。
マギカが考えている中、アルトは灯したランプを消した。
(えっ?)
ふわあ、と大きく欠伸をしてベッドに入る。
(えぇえ……)
マギカが呆気にとられているあいだに、隣のベッドから寝息が聞こえてきた。
あれだけのことがあったのに、彼は早くも眠ってしまった。
(信じられない。狸寝入り?)
マギカは体を起こしてアルトを覗き見る。
(嘘……。本当に、寝てる)
侵入者に襲われたばかりだというのにすぐに眠ってしまえるなんて、どのような神経をしているのか。
マギカは半ば呆れながら、鉄拳を外してベッドで丸くなった。
(実力を見ようと思ったけど)
相手に、アルトの実力を引き出せるほどの力がなかった。
あれでは噛ませ犬にすらなっていない。
しかし――、
(もしあれを、私が受けたら……)
アルトの攻撃は、恐ろしく練度が高かった。
手の動きは滑らかで、無駄がない。
さほど速さを感じないが、いざ受けるとなると回避が難しい。
〈空気砲〉も、人を殺さない程度にまで威力が上手く絞られていた。
落下で大けがはするだろうが、命を奪うほどではない。
その加減を、彼は瞬時に行ってみせたのだ。
(これが、アルトの力の一部でしかなかったら)
考えると、マギカの背中に冷たい汗が流れた。
アルトの年齢でこれほどの技術を身につけようと思えば、血を吐く程度でもまだ足りない。
(一体、どんな修行を行ったの……?)
マギカはアルトの努力を想像し、眠れぬ夜を過ごすことになったのだった。
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